ハート・オブ・ビースト
「テイマーか……前にもいたな。ええと……ゾンビみたいの引き連れてきたやつ?」
「あれは死霊術師でしたね。まあ、似たようなものですが」
うむ。完全に忘却の彼方ですな。
ヘイゼルによると死霊術師もテイマーと同類項というか、魔導師の進化ツリーとして――斜め上にではあるが――上位互換のようだ。
先行していたクエイルたちは警戒を続けているけれども。まだ魔物たちから襲撃を受けてはいない。
「ヘイゼル、テイマーの位置はわかるか?」
「いいえ。魔物の反応が、使役されているようなのでそう判断しただけです」
テイマーにしろ死霊術師にしろ、操る魔物は強力だが、たいがい本人の戦闘能力は低い。そのため隠蔽魔法で姿と気配を隠して、指揮可能な位置に潜んでいることが多い。
とはいえ近くで隠れられるような場所は、左手の小高い森くらいか。奥の木立が密集したところに隠れられたら小銃弾では難しいかもしれん。
「先に進みましょう。テイマーへの対処は、後でも結構です」
「了解」
俺はトラックをゆっくり前進させて、クエイルたちと合流する。
カーブの先まで来ると、魔物の姿が視認できるようになった。ヘイゼルの読み通り、十数体のゴブリンの群れが草むらや岩の陰に散らばっている。雑多な武器を持って、組織立った動きを見せるあたり野良ではなく使役されている個体なんだろう。
ヘイゼルはオークもいると言ってたけど、ここからは見当たらない。あんな巨体が隠れられるような場所は森の奥くらいだ。そこでテイマーを守っているのかもしれない。
「そのテイマー、なにが目的なんだ?」
「王国北部にいるということは、聖国か王国の生き残りでしょう。彼らにとっての仇敵であるアイルヘルン勢力への報復、あるいはアーエルへの侵攻でしょうか」
「トラックじゃ、引き離すのは難しそうだな」
クエイルたちに合図を送って、トラックの脇まで下がらせる。
「クエイル、しばらく並走して、荷台を襲ってくる奴らがいたら止めてくれ」
「了解」
クエイルたちが移動すると、ヘイゼルが運転席の屋根から射撃を開始した。
軽い銃声からして小銃弾のブレン軽機関銃ではなく、拳銃弾を使うステン短機関銃のようだ。ゴブリンの身体強度は生身の人間程度しかないので、過剰火力は無駄との判断なのだろう。
実際ステンの拳銃弾でも、ゴブリンは次々に倒れ伏して動かなくなる。
「ミーチャさん、前進してください!」
屋根からの指示で、俺はトラックを発進させる。けっこうな揺れだが、つかまるものもない屋根に乗ったままのヘイゼルが転げ落ちたりする様子はない。どういう能力なのかは知らんが、たぶん英国的安定装置でも装備されているんだろう。
走ること数分、うずくまった犬の形をした――とエーデルバーデン住民は言っている――大岩が見えてきた。そこを東に折れると、そこからはアイルヘルンに向かう一本道だ。
敵が待ち受けているとしたら分岐点の目印になっている犬型岩かと思ったんだが、周囲に人影はない。通過するときも攻撃を受けることはなかった。
「ヘイゼル、追撃は!」
「ありません。警戒するべきなのは、この先です」
道の横が坂になっているところか。ここを最初に通過したとき、ゴブリンの上位種が丸太を転がして攻撃を仕掛けようとしていた。魔物でもその程度の頭はあるのかと感心させられたけど。テイマーがいるなら、もう少し手の込んだ襲撃を受ける可能性はある。
「ミーチャさん、停止してください!」
当たりだ。坂に差し掛かるよりも早く、道に丸太が転がされていた。足止めは済ませてあるってわけだ。折り重なった丸太の陰から姿を覗かせているのは、盗賊のような身なりの男たち。弓や剣や盾で武装しているところを見れば、王国の敗残兵だろう。
「ミーチャ殿! 後方から魔物の群れ!」
そして、後ろからテイマーが挟撃を行うと。順当な手ではある。ウンザリはするが、驚きはない。
「そちらには行かなくていい! この場で荷台を守れ!」
「了解!」
ヘイゼルが頭上で射撃を開始する。今度はブレンガンを使用しているようだ。射撃音が激しく、威力も桁違いだ。被弾した敵は頭を吹き飛ばされ、金属盾を持った敵も貫通され血飛沫を上げる。
「ヘイゼル、俺にもブレンガンを!」
「はい! 後ろをお願いします!」
運転席から手を伸ばすと、トラックの屋根から軽機関銃と弾薬ポーチを渡される。
狭い屋根にふたりで登るより、荷台からの方がいいか。俺は手早くポーチを身に着けて、荷台の上に移動する。
「みんな、大丈夫だからな。頭を下げて、じっとしていてくれ」
怯えて震える避難民たちに声を掛け、荷台を移動して最後尾にたどり着く。魔物の群れはトラックの後方、五十メートルほどのところまで迫っていた。
十数体のゴブリンを従えて、先頭はオークが二体。全身筋肉質の巨体で、身長は三メートルほどか。前にエーデルバーデンで見た個体と同じくらいだけれども、胸と腕に金属盾のようなものを括りつけられている。
こちらの武器を把握して対処を考えているのだろう、このあたりは使役個体ならではの運用か。
「「ひゃああああぁ……ッ!!」」
「みんな、耳を塞げ!」
俺はブレンガンをフルオートで発射する。避難民たちの悲鳴を掻き消すように、英国自慢の.303ブリティッシュ小銃弾が轟音を立てて振り撒かれる。この銃弾、威力としてはふつう。猟銃で広く使われる.308ウィンチェスターと同程度のものだ。軍用なので体内で潰れて殺傷力を上げるソフトポイント弾ではなく完全被覆弾頭。この世界の金属盾程度なら貫通するのは、さっきヘイゼルの射撃で確認できている。
オークの腕や胸につけた盾がバチバチと火花を散らしているから、当たってはいるようなのだが……突進が止まらん。
「火花って、おい魔導防壁か、あれ!?」
汚ったねえ……とは思うが。剣と弓矢の世界で銃を持ってる俺たちが文句を言うのもなんだな。
弾倉を交換すると息を吐いて気持ちを静め、単発射撃でオークの足を撃つ。二体に合わせて二十発ほど叩き込むと、巨体が転がってもがき始めた。
周囲で押し潰されたり弾き飛ばされたり、怯んで足を止めたゴブリンも残弾を掃射して倒す。
「ミーチャさん! 前方脅威排除!」
「ちょっと待て! こっちも……」
弾倉交換して、転げ回るオークの頭にとどめの銃弾を撃ち込む。
「オークは、クリアだ!」
ここまでオークたちを連れてきたんなら、近くにテイマーが来ているはず。どこなのかはわからん。いるのかもしれんけど、俺の目には見えん。
「みなさーん、もういっぺん耳を塞いでくださーい」
振り返ると、ヘイゼルが運転席の屋根でボーイズ対戦車ライフルを構えていた。
百五十七センチもある長大な銃、それも弾薬込みで二十キロ近い代物を立ったまま肩付け保持しているツインテメイドは、何かの冗談のようにしか見えん。
ドゴンと銃声が鳴り響くと。
「英国万歳♪」
わずかな時間差の後、犬型岩の上で汚い花火みたいなものが弾け飛ぶのが見えた。
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