ツアー・トゥ・イースト
ボフォース「英」てなってた。ご指摘感謝。
クエイルがアーエルで保護していた避難民と戦闘職は、合わせて百七名。
いま彼らは皆ソワソワと揺れながら、俺とヘイゼルの行動を見守っている。
「乗れるかな」
「容積の問題でしたら大丈夫ですが……」
俺たちの前にあるのは、迷彩色のベッドフォードTM。以前、水龍狩りのときに購入したイギリス軍の輸送用トラックだ。
六輪駆動で全幅2.6メートル全長8.6メートル。そこに連結器で繋いだ、もうひとつ分の牽引用荷台を引っ張る。巨大で長大なトラックだけれども。載せるのが百七名の人間となると、おそらくギュウギュウである。
「牽引用荷台を、もうひとつ追加しましょうか」
「無理じゃないか、それ……」
このトラック自体はボンネットのないタイプなので見切りは良いけど、問題は牽引用荷台だな。
ゲミュートリッヒからサーエルバンの間に、いくつか曲がりのキツいところと、道幅が狭いところ、路肩が脆いところがある。
いや、王国からだとまずゲミュートリッヒの前にある九十九折の下りが厳しいか。トレーラー側にはブレーキないっぽいし。あったところで横転しそうな気がする。あのカーブはジャックナイフ現象どころか曲がり切れる気がしないしな。
「ミーチャさん。難所では、いっぺん降りてもらうか、ゲミュートリッヒを中継地点としてピストン輸送するのはどうでしょう」
「それがいいかもな」
「ミーチャ殿、ヘイゼル殿。問題ない。若い男たちは別に走らせるので、乗せてもらうのは、女子供と老人だけでいい」
……二百六十キロとかの距離を車と並走するんかい。
いや、うん。君らは、できるかもしれんけど。つうか、クエイルは実際やってたみたいだけどな。
「いざとなったら、短い距離では頼むかもしれないけど。身体の弱いひとたちのお世話と護衛も兼ねてるから、可能な限りは一緒に行動してほしい」
「了解した。馬も七頭いるので、十人ほどは斥候を兼ねて少し先行させよう」
人選を任せた結果、クエイルを含む戦闘職は馬での先行組になった。荷台には比較的体格の小さなひとたちが九十名ほど。空間に余裕ができたので、ヘイゼルに頼んで帆布や毛布などの緩衝材を調達してもらった。これで少しくらいは疲労軽減になるだろう。
「では、出発する!」
「おお!」
まだ昼前後で日は高いが、サーエルバンまでとなれば早くても半日は掛かる。日暮れまでに着けるかはやってみないとわからん。
「まずは、ゲミュートリッヒまでの行程で様子見ですね」
「……だな。サーエルバンに向かう山道で日が暮れそうなら、移動は明日にしてゲミュートリッヒで一泊しよう」
とかなんとか言っている内に、アーエル周辺の道は路面がかなり荒れていることに気づいた。小型車両や装輪装甲車では無視できていたけれども。デカくて長く重いトラックだと揺れも激しい。
「これは、ゲミュートリッヒで一泊と考えた方が良いかもな」
「急がず焦らず行きましょう」
8.2リッターのターボディーゼルエンジンで二百馬力以上というが、その性能を発揮する機会はなさそうだ。
◇ ◇
出発して一時間ほど。エーデルバーデンの南方を通過する頃には、いくぶん道も凹凸が少なくなった。アーエル辺りの道が荒れていたのは、内戦時の戦闘で掘り返された結果なのかもしれん。
「そうですね……」
俺とヘイゼルは慎重にトラックを走らせながらも、他愛もない会話を交わしていた。水龍狩りをするには、どんな船がベストかという話なんだが、あいにく船は詳しくない。イギリス海軍艦艇と言っても、知ってるのは戦艦とか空母、せいぜい巡洋艦くらいだ。
いま俺たちが必要としている小型船舶なんてプラモにもなってないだろうしな。
「在庫のなかでは、ダーク級高速哨戒艇が最適かと思います」
「へえ……それって、操船に必要な人数は?」
「三名いれば、最低限の作戦行動が可能です」
ヘイゼルに画像を見せてもらったが……まあ、見た目ふつうのモーターボートだ。
全長二十二メートル、全幅六メートル。最高速度は約七十四キロで、兵装は仕様により様々。調達可能な在庫商品にはスウェーデン、ボフォース製40ミリ機関砲と21インチの魚雷管が装備されていた。
「対艦装備か。水龍でも相手にできそうかな」
「ええ。湖底に逃げて出てこないようでしたら、対潜爆雷の購入を考えましょう。サイズ的に二十四連装対潜迫撃砲の積載は難しいですが、爆雷本体を調達すればなんとかなります」
なるの? ホントに? 潜水艦を吹っ飛ばすような代物を、手で投げ入れるのとかイヤなんだけど。
まあ、それはそのとき考えればいいや。ディーゼル燃料と弾薬込みでパトロールボートの購入をお願いしておく。実際に出してもらうのは湖水に着いてからだけどな。
価格は約九百八十万円。実勢価格とは掛け離れているように思えるが、ヘイゼルの調達機能による値付けがどういう基準なのかはわからない。
訊いてみたけど、ヘイゼルも理解してなかった。
「神のみぞ知る。あいにく、英国製の神ですが」
「だろうね」
ヘイゼルのディスりも英国的な愛国精神だということがわかってきたので軽く流す。笑っていたヘイゼルがふと真剣な表情になる。
「ミーチャさん、なにかあったようです」
彼女が指した先では、先行していたクエイル達騎乗組が散開してこちらに合図を送っていた。俺の視力では、彼らの警戒対象が何なのかは不明。戦闘や回避を行う必要があるかもわからない。
「まだ見えない位置ですが、気配からすると魔物のようです。ゴブリンと、オーク……」
俺は減速しながら安全そうな場所を選び、トラックを停止させる。とはいえ、どこから見ても隠れられない巨体なので、安全なのは遮蔽の陰ではなく射界が取れるように高さがあり視界が開けた場所だ。
「ブレン軽機関銃で屋根に上がります。移動が必要でしたら、わたしには構わず発進してください」
オークはそこそこの難物ではあるが。英国的悪夢が身構えるほどの相手か?
俺の疑問は理解しているようで、軽機関銃を屋根に上げながらヘイゼルは俺にだけ聞こえる声でつぶやく。
「どうやら、魔物使いがいるようです」




