ドナドナ
「……」
なんかみんな、売られて運ばれる子牛みたいな顔になってる。なあ、これ誤解してないか?
クエイルに目配せするが、キョトンとされた。おい、お前なんで不思議そうな顔で首傾げてる。王様じゃねえのか。
「待て待て、みんな心配ないぞ? 移住するのは俺たちが水龍を駆除して、住むところを整えてからだ」
「駆除? 水龍を?」
「どうやって」
「不可能だ、そんな」
「あの空飛ぶ魔道具で?」
「水龍は水のなかだぞ」
わかる。俺もアレを丸腰でどうにかしろとか言われたら、そう思うわ。
この世界の武器、剣とか鎗とか弓とかあったとしても、そんなの水中にいる巨大なドラゴン相手じゃ丸腰と大差ない。仕留めた水龍でも出してやれば納得するんだろうけど、サーエルバンで売っちゃったしな。
というわけで、説得力を求めるならヘイゼル姐さんの出番だ。
「問題ありません。わたしたちは、前に仕留めてるんですよ」
「え?」
今度はクエイルにまで一緒に驚かれた。まあ、言ってなかったからな。
「ああ、その通り。サーエルバンとマカの間の地下水路にいた水龍が暴れてな。ちょっとした付き合いから、そいつを駆除した」
「ミーチャ殿。それは……もしかして、小さな水龍だったのか?」
「いや、十八メートルはあったな。体重は二、三十トンほど……ヘイゼル、こっちの単位だとどのくらい?」
ヘイゼルから現地単位に換算してもらって避難民たちに話すと、王様と戦闘職を含めてポカーンという顔をされた。
その素材は、水龍の被害で暮らせなくなったひとたちがサーエルバンに移住する資金になったと伝える。
「ただ、今回は水龍が棲んでるのが広大で水深も深い湖だからな。仕留めても素材が回収できるとは限らない」
「ああ……あの、お客人。駆除できることを前提に、話してらっしゃるが」
オズオズと話しかけてきたのは、戦闘職の人狼男性。たぶん最初に草地で会ったうちのひとりだ。
「どのみち駆除はするよ。それはこちらが引き受けるんで、もし引き上げることになったら、水中で縄を掛けるのくらいはお願いするかも」
安心させようとしたんだけど、なぜか人狼男性は悔しそうな顔になった。
「……は、恥ずかしながら。自分は、泳げんのです」
「自分もです」
「申し訳ない、自分もだ」
聞いてみれば、戦闘職の大半が泳げないそうな。王国北部一帯には水源が少なく、沼地も大人なら足がつく。それは戦闘職以外でも同様で、多くは浅い川や沼での水遊び以上の経験がないようだ。
「駆除は陸地か船の上からだし、手伝いが必要なのは倒した後なんで戦闘職じゃなくてもいいんだけど。ここで、泳げるひとは?」
「はい」
手を挙げてくれたのは、短髪の女の子。年齢は十代半ばくらいか。いくぶんキツめな顔立ちで、褐色の肌をした美少女。人間のように見えるけど、混血だとしたら俺には見分けがつかない。
なんでか知らんけど、怒りと憎しみを必死に押さえ込んでるように見える。その矛先が向いているのは俺たちに対してじゃなさそうだが、理由はわからん。
「彼女は、アルマイン。西の外れにあるコフィアの生まれで、両親と一緒に漁師をやっていたそうだ」
クエイルから説明されて、泳げる理由はわかった。わかったが……。
「コフィアって?」
「西の山を越えたずっと先、何百哩も離れた大陸西端の国だ。交易で栄えた大きな美しい国だったそうだが」
「もう、滅びた」
クエイルとアルマイン本人からの追加説明を受けて、俺の脳内に海沿いのきれいな港街がイメージされる。いいなあ、そういうとこで暮らすのも楽しそうだ。
「そのコフィアを滅ぼした国は、王国?」
「国じゃない。ひと、でもない。水龍に、滅ぼされた」
お、おう……。それは、そういう顔になるわな。俺とヘイゼルが反応に困っていると、アルマインは進み出て俺の手を取る。なにか、悲壮な決意に満ちた顔で。
「ミーチャ、様。わたし、お願いが、ある」
「あ、うん」
「水龍を、殺すのに加わらせてほしい。水龍を、殺せるなら。わたし、なんでも、する。囮でも、生贄でも、なんでも。だから……」
ガバッと土下座しようとするアルマインを、ヘイゼルが途中で抱き止める。
俺も気づいて止めようとはしたんけどね。若い薄着の女の子なので、セクハラなのではと一瞬ためらったのだ。
「ええ。ぜひ、お願いします」
「「「えッ!」」」
ヘイゼルの言葉に、周囲から驚きの声が上がる。アルマイン本人からはやらせてくれるのかという喜びの声だし、住人たちからは生贄にするのかという驚きの声だ。
クエイルそこまで思ってないだろうけど、そんな簡単に受け入れていいのかという懸念含みの反応。俺もどちらかといえばクエイルに近い。
「なあヘイゼル、手を貸すのはいいけど、危なくないか?」
「それは、わかっています。わたしたちも、みなさんも、ご本人も。ですが、彼女の故郷を滅ぼしたのが水龍なのだとしたら、手伝ってもらわない理由はないでしょう」
まあ、俺も反対するほどではないが。どうしてヘイゼルがそこまで肩入れするのかは、わからん。彼女が過去に収集したなかに、コフィアが滅びたときの情報でも含まれていたのか。
「復讐は心を癒す。“忘れて幸せになることが最大の復讐”なんて言葉は、傍観者だけがほざく戯言です」
ヘイゼルはアルマインを抱きしめたまま、みんなに聞こえるように高らかに宣告する。
「さあ、ともに行きましょう、アルマインさん。あなたは、水竜を屠る英雄になるんです!」
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