ディケイテッド・アーエル
「沼地……あれですか?」
「そうだ。あの奥の森に拠点がある。でも」
「ええ、わかります。接近はしません。周囲に木々が多くて回転翼が当たってしまいますし」
森の手前にある平地にも大小の樹木が点在していて、下手に降下するとヘリが墜落しそう。遠くに見える水面の近くで逃げ惑うひとたちの姿があるから、こちらが接近すると攻撃されかねない。
そらそうだよな。得体の知れない音と姿で巨大な飛行物体が近づいてきたら、ふつう警戒する。逃げ延びて独立を目論む小集団となれば、なおさらだ。
「左奥にある岩場の上に降下します」
「ヘイゼル、すぐ下の草地に降りた方が、その後の移動は楽じゃないか?」
「ええ。ですが、近くに誰か隠れています」
誰かって、誰だ。どこかの敵対勢力が待ち伏せしてる? あり得るが、多すぎて把握しきれん。目的もわからん。まあ、いいや。
「機外に出るときは、頭を下げてください」
「了解」
ヘリが着地すると、俺は自分とクエイルのシートベルトを外してドアから降りる。念のためクエイルの頭を軽く押さえながら回転翼の範囲外に出て、軍用拳銃を構えながら周囲を警戒する。俺の索敵能力では心許ないけれども、やらないよりはマシだろ。
ヘイゼルがヘリを収納すると、エンジン音が消えて急にしんと静かになった。
「お待たせしました。ここから車輛では下りられないので、下に出てからにしましょう」
「了解。クエイル、道案内を頼めるか」
「ああ、こっちだ」
クエイルの案内で、俺たちは岩場を降りる。草地に隠れていたという連中が攻撃してくる様子はなかった。下まで降りたところで、クエイルが草地を見渡して首を傾げる。
「仲間の、元猟師だな」
「え?」
「先ほど、ヘイゼル殿が言っていた者たちだ。おーい!」
クエイルが手を振ると、草地のなかから三人の男たちが立ち上がった。
猫獣人ふたりと、ひとりは人狼かな。でも見た目は特殊部隊というかゲリラというか、草木を身に着けてシルエットが変わってる。うん。偽装を解くまで、俺にはまったく視認できてなかった。
「王よ、彼らは?」
「ゲミュートリッヒのミーチャ殿とヘイゼル殿だ。避難民の移送と、俺たちの拠点構築に助力いただけることになった。粗相のないようにな」
「「はい」」
彼らは俺たちにも頭を下げてきたけれども、なんだか揃って表情が硬い。
敵意は感じられないのでこちらへの警戒ではないみたい……と考えたところで理由に思い当たる。
「……い、移送、とは」
「ん?」
「……まさか、あの……空を泳ぐ巨大な乗り物で、ですか」
だよね。彼らは、汎用ヘリが飛んでるのを見てたからね。あれに乗せられると思ったら、そら顔も強張るよね。
大人数なので移送は地べたを行くとクエイルから説明されて、元猟師たちはあからさまにホッとした笑顔になった。
◇ ◇
「王の御帰還だぞーッ!」
拠点を守る木柵を通りながら、クエイルが声を上げる。それを本人が言うあたりに、仲間たちとの親しい距離感が感じられた。実際、わらわらと出てきたひとたちはみんな笑顔で、口々にクエイルが戻ってきたことを喜んでいる。
彼らの着衣は雑多な古着で、暮らしているのは物置レベルの茅葺小屋が五軒ほど。食糧倉らしきものは見えるけれども、王国を建てるというお題目からは程遠い難民キャンプだ。
「王様、大丈夫だった?」
「そうだぞ我が王。なんか、見たことないバケモノが空を飛んできてな」
「ああ、心配ない。乗っていたのは俺たちだ。それは、こちらの方々が使う魔道具のようなものだ」
集まってきた避難民たちを前に、クエイルからこれまでの経緯が説明される。
「ここを離れて、アイルヘルンに?」
「そうだ」
故国を離れると聞いた反応と表情は様々だった。喜びと不安と安堵と心残りと放心、あとは……不満とまではいわないまでも腑に落ちないような顔もある。主に戦闘職と思われる男たちだ。
「俺が王国を建てるという目標は変わらん。だが、縁をつないだ諸侯との話合いで、より良き未来を望むのであれば新たな建国の地を選ぶべきではないかとの結論になった」
隣国で難民になるのではない。そこに安住の地を作るのだと言われて、微妙な表情だった者たちも納得したようだ。このままここに残ったところで、餓死か凍死か魔物のエサか王国残党の襲撃か。いずれにせよ明るい未来は見えん。
「王の決断であれば、我らは従うまで」
「して、その地とは」
今度はみんな期待半分、不安半分だ。いや、不安がいくぶん多いか。
「マルテ湖畔。アイルヘルン最初の都、アクアーニアがあった場所だ」
「「ええッ!」」
そこに水龍が棲んでいることは周知の事実なんだろう。避難民たちのみならず、戦闘職らしい者まで一様に顔を蒼褪めさせた。
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