都落ちの真王
「しかし、マルテ湖か……」
最初に反応したのは、エインケル翁だった。苦笑混じりではあるが、困った顔でヘイゼルを、次いでクエイルを見る。
当のクエイルも首を傾げてヘイゼルに視線を送った。たぶん、エインケル翁の懸念点がをわかってないのだろう。俺もわからんので、そこはなんとも言えん。
「問題があることは、わかっています」
「そうじゃな。最大の問題は、新生王国がアイルヘルン領内に建国されることじゃ」
「はい。ですから、問題を切り分けるべきだと思うのです」
ヘイゼルの返答は簡潔だったが、その意味を理解したのはマカ領主とサーエルバン領主代行のふたり。
暫定的王位継承者のクレイメア王女も、なにか思い当たったようだ。
「なるほど。ヘイゼルさんの判断で正しいかも。……最善の策がない以上、少なくとも次善策ではある」
ヘイゼルのしようとしていることは、わかってきた気はする。けど俺は念のため、ソファルに尋ねる。
「ふたりは別々に動くってことか?」
「ええ。わたしが、エインケルさんとサーベイさんの支援で行おうとしているのは王権の奪取。でもクエイルの目的は王国民の保護。似ているようで違う」
「クレイメア王女殿下のおっしゃる通りです。そのふたつを一緒に進めれば、どちらかの目的が果たされないか、どちらも中途半端で終わる可能性が高い。でしたら、別に行えばいいのです」
王国に新王制を敷くのは長期的計画だ。すぐにできることなどないし、できたとしても軌道に乗るまで時間も費用も膨大に掛かる。
避難民の保護と自立支援は、すぐにでも行わなければ冬が来てしまう。時期ではなく時間の問題なのだ。
「幸か不幸か、マルテ湖は王都とゲミュートリッヒとマカを結んだ三角形の中心に近い位置です。アイルヘルンに新王朝と友好的な領地が生まれれば、相互作用による好影響も期待できます。わたしたちが支援するときの集合化での効率向上もです」
ヘイゼルさん、干渉せんという方向で合意したんじゃなかったんすか。とは思ったが。
「ミーチャさん、考えてみてください。自由に船を乗り入れられる巨大な湖が手に入るんですよ?」
だからヘイゼル、その悪い笑みをやめれ。そら以前のんびりと釣りをしたいとは言ってたけどさ。ゲミュートリッヒの瓢箪型貯水池で魚どもにケチョンケチョンにされてから、その夢は捨てたのよ。
「ミーチャ陸軍に続いて、ミーチャ海軍も誕生させられます♪」
「要らんわ!」
◇ ◇
まあ、とりあえず。海軍だなんだは論外として、急ぐべきなのは輸送業務だ。いま困っている避難民を受け入れて、新領建設はその後に考えよう。
エインケル翁とサーベイさんには、新領立ち上げに必要な資材や建材、政治的な根回しを考えてもらっている。水龍対策に使う機材は、ヘイゼルに検討してもらう。
「いまこそ、二十四連装対潜迫撃砲を!」
「ああ、前の水龍狩りのとき言ってたな」
イギリス軍の対潜迫撃砲には三連装のスキッドと二十四連装のヘッジホッグがあるらしい。スキッドの方が大口径で砲弾が何倍も大きく、威力も高い。なのでヘイゼルは“小さくお手軽な方”を勧めてきているのだが……。
「う~ん……ヘッジホッグって、載せるのにどれくらいの船が必要?」
「駆逐艦くらいですね」
いや、めっちゃサラッと言うけどな。駆逐艦って――海軍艦艇のなかでは小さい方なのかも知らんが――百何十人か乗り込む全長百メートル以上の船だ。さすがにデカすぎだろ。サイズもそうだし、動かすのに人手が多すぎる。ヘイゼルの調達機能は返品不可なのに、水龍狩りの他には使い道もないしな。
それを伝えると、ヘイゼルは残念そうな顔でうなずいた。
「ミーチャ海軍は、まだ外海に出ない海軍でしたね」
「ミーチャ海軍とかいうな。まだもなにも、外洋に出る気はないっつうの」
水龍駆除に使う武器や兵器は、マルテ湖の水龍を見てからでも遅くないという結論になった。いますぐ決断が必要なことでもないしな。
「まずは移送だ移送……って、そういやクエイル、ここまで何で来たの?」
「え?」
なんで不思議そうな顔してんだ。こういう展開、前にもあったな。
「もちろん、走ってだけど」
だよねー。ナルエルんときもそうだけど、なんでこっちの連中みんな百キロ単位の距離を平気で徒歩移動してんだよ。
いや、江戸時代の日本人も似たような距離を徒歩移動してたんだっけか。飛脚は一日で百キロ以上を駆け抜けたっていうから、クエイルの走力は人間離れしているというほどでもないのかも。
「馬とか、いないのか?」
「何頭かは確保しているが、貴重な労働力を単なる個人の移動のためには割けない」
それでか。ゲミュートリッヒからサーエルバンまで砲兵トラックで送ったとき、えらい感動してたのは。あんときは疲れてたのか、詳しい話を聞く前に寝ちゃってたしな。
「早速だけど、一緒にアーエルまで行くぞ。明日の朝に出発して、お仲間を積んで戻る」
「ああ、助かる」
エインケル翁、サーベイさんとの話し合いの結果、最初の避難民受け入れ先はサーエルバンと決まった。そこから個人の意思や適性で振り分ける。
最も近いのはゲミュートリッヒだけれども、見知らぬ部外者を大量に入れるには治安的に無防備すぎるとの判断だ。それはまあ、その通りではある。
「みなさん、今日はサーエルバンの領主館に泊ってくださいナ」
領主代行としてサーエルバンの政務と財務を引き受けてきたサーベイさんだけど、領主館は使ってなかった。自分の商館があるので、警備上も実務上もコスト上もそちらを使った方が効率的だからだ。
「領主館、使うようになったんですね」
「執務室などは、まだ商館の方が多いですナ。ただ、客間と会議室は整えておいたんですヨ。このところ、お客さんを迎えることが増えてきたのでネ」
なるほど。ではお世話になろうかな。
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