真なる王器
「お初にお目に掛かる。俺が、真王だ」
「「「は?」」」
偵察飛行から戻った翌日、ふらりと店を訪ねてきた青年は人好きのする笑みを浮かべて俺たちに手を上げた。
「えーっと」
「クエイルと呼んでくれ」
「あ! いた! あのバカ……ッ!」
後から店に入ってきて青年の頭を張り倒したのは、暫定的王位継承者のクレイメア王女であり、前アーエル領主の孫娘ソファル。
簡素ながらドレスを着ているものの、態度は完全にソファルだ。
「まあまあ落ち着いて、みなさん驚いてるじゃないですか」
ソファルに同行していたアーエルの商人サマルが、ふたりを宥めて引き離す。
「驚いてる……っていうか」
何がなにやら微塵もわからないでいるというか。とりあえず警戒すべき状況でもないかと思い、俺たちは傍観しているだけだ。
「この方が、王国西部で避難民を取りまとめているという……正統な王位継承者ですか?」
「それだな」
ヘイゼルはサマルに訊いたのだけれども。食い気味に本人から返答があった。
「“継承者”も“真王”も、俺が名乗ったわけではないんだが。そういうことにしておくと、避難民たちが少しは安心する」
「だから、なんでアンタが避難民の心配をしてんの? 食い扶持と住処と安全の確保と。いろいろ動いてると聞いたけど、そんなもの引き受ける義理はないでしょ?」
「ないな」
苦笑まじりの声で答えると、吹っ切れた顔でニッと笑う。
「しかしな、何の罪もない連中が、飢えて凍えてるのは見てられんだろ。まして愚王の責を、自身も被害者である妹に背負わせるなんて納得いかん」
「妹?」
俺たちが見ると、ソファルは憮然とした顔で首を振る。
「このバカ、うちの異母の兄。子供の頃から放浪癖がひどくて、今の今まで生きてるのか死んでるのかもわからなかった」
性癖はともかく、生まれはアーエル領主の息子か。となると“王国で唯一の王位継承者”という宣伝文句は、対外的な権威演出というわけだ。
「事情は、なんとなくわかった。それで、こちらに来た用件は?」
俺は店のテーブルにアーエルの兄妹と商人を座らせる。営業前だし、話を聞くくらいはしてもいいだろ。
エルミがヘイゼルを座につかせ、お茶の用意を買って出てくれた。
「いまいる場所は、ルケイン公国って国があったところなんだがな」
ヘイゼルが簡易的な地図をテーブルに広げる。
かなり詳細に調べられたアイルヘルンの地図と違って、王国の西には大まかな地形とわかりやすい目印くらいしか入っていない。
クエイルは、池が点在する森を指で囲うように示した。
「ここだ。いくらか水源と森があるんで、逃げ隠れしながら生き延びることはできた。これまでは草や木の実を採集して、魔物や獣を仕留めて、なんとか暮らしてきたがな。秋の収穫期が終われば、それも限界だ。いまいる百名近い避難民たちが冬を越せるだけの環境も、物資もない」
王国も北部となると、年に数回は雪が降ることもあるらしい。俺の経験した地域で言うと、東京の平野部くらいの気候か。まともな家と暖房、そして衣類がなければ凍死しかねない。
おまけに王国軍の残党が、あちこちで野盗化して住民たちを襲っているらしい。戻る領地や上官を失った兵士だろう。それは、俺たちがやったことの結果だ。
「そういうわけで、できれば避難民……女子供と老人を四十名ほど、アイルヘルンで引き受けてもらえないか」
「へ?」
俺の反応にクエイルは怪訝そうな顔をする。
いや、引き受けるのは――ティカ隊長やエインケル翁、サーベイさんたちと相談したうえでだが――考えてもいい。でもさ。
「どうかしたか?」
「四十って、その他は? それに、お前はどうするつもりだ?」
青年は、ふわりと笑う。
「自ら望んだ結果ではないが、“真王”と祭り上げられた以上は行ける所まで行く」
「……おい、お前本気で」
「ああ。俺が、父祖の地アーエルに新たな王国を建てる」
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