枯野の王
「「うおぉ……⁉︎」」
飛行する汎用ヘリの後部座席で、俺とティカ隊長は思わず声を上げた。
操縦士ヘイゼルの解説によれば、北西方向に見える川が王国と聖国の国境線。そして東側に延々と広がる草原が緩衝地帯を含むアイルヘルンの北端、獣人自治領だ。
「エゲツないなオイ……」
ティカ隊長は呆れ声を漏らすが、俺も同感だ。
聖国から王国にかけて、緑がガッツリと削られている。カーサエルデの草原もいくらか侵食されてはいるが、明らかに被害が少ない。
というよりも、食害鳥ローカスト・バードの群れがアイルヘルン側に向かう途中で方向転換した様子が痕跡として残っていた。
「これ、ナルエルの作った魔道具のおかげ?」
「ええ。結果は想像以上ですね。見事な設計と、素晴らしい成果です」
ヘイゼルが手放しで褒めると、副操縦席の若き天才魔道具師は控えめに照れる。
カーサエルデの草原には、定間隔で細い杭のようなものが刺さっていた。電磁波を撒いて方向感覚を喪失させる、新型の“雷霆”だ。
「そういや、最初は機能を二系統に分けるって言ってなかったっけ」
「ナルエルちゃんと検討して、距離で効果を切り替える方式にしました。遠距離で撹乱、中距離で忌避効果、それでも接近してくる相手には直接攻撃を行います」
マジか。草原の草に隠れていた鳥の死骸が、俺の目にも入り始める。延焼したのか、草も一部が焦げてる。どうやら上空を通過すると電撃を受けるらしい。
「まさかヘリでも撃ち落とすほどの威力じゃないよな?」
「大丈夫ですよ、いまの飛行高度は、効果圏より上です」
「撃ち落とす威力はあるのね」
怖えぇ……。
雷霆の杭から半径八百メートル、高度四百メートルを通過する飛行物体は、電撃で打ち落とすのだそうな。パワーソースとなる電力は、周囲から吸収した外在魔素や内的魔素を変換して行うという自律型。
その機構を理解はできんけど、すごいということだけはよくわかる。
「いまローカスト・バードの群れは?」
「王国最北の町を抜けて、旧アーエル領に入っています。昔から王国の一大穀倉地帯ですから……」
「そこが蝗害鳥の終着地点か。ご愁傷様だな」
「ええ。ですが……変ですね。そろそろ鳥の群舞が見える頃かと……」
ヘイゼルはなにやらナルエルに指示を出し、機体を旋回させながら西に向かう。北の方に見えている稜線が、エーデルバーデンのあった山か。だとすると数分でアーエルに入るはずだ。
「王国も終わりか」
「ああ。しかし、ミーチャたちが手を出さなくても、結果は同じだっただろうさ。それを自分たちの手で、少し早めただけだ」
俺の独り言に、ティカ隊長が平坦な声で答える。
実際、王国はずっと傾き続けてきた。既に政治も経済も軍事も破綻し、友邦と言ってもいい聖国も滅びた。さらに食糧危機ともなれば、もう王国に持ち直す力はない。王国民は、今年の冬を越えるのも厳しいだろう。
自業自得とはいえ、どうにかならなかったのかとは思ってしまう。
「生き残り王女による王国再生も難しくなるんじゃないか?」
「それなんだが……別の問題が出てきた」
「別の問題? クレイメアになにか?」
「いや、そっちじゃない」
ティカ隊長は、まだ未確認の話なのだがと前置きして話し始めた。
「王国の西に、“真王”が立ったらしい」
「「は?」」
俺とヘイゼルの声が重なる。
ティカ隊長が、マカ領主サーエルバン領主代行両氏から、非公式な話として聞いた話によれば。王国の西、かつて小さな公国があったルケインという荒地に、王国から逃げ延びた避難民をまとめている男がいるのだとか。
「そいつ、何者?」
「わからん。だが自分こそ王国で唯一の、正統な王位継承者だと言っているそうだ」
正体も真偽も不明で、いまはアーエルの商人サマルが、伝手を辿って確認しているところだという。
「どんな男か知らんが、面白くなってきたな」
「いや、面白くはないぞ隊長」
どっちに転んでも俺たちとは利害の衝突はない……はずだけど。あちこちの馬鹿どもに次々と喧嘩を吹っかけられて、そんな建前は無意味だと思い知らされた。
また王国がキナ臭いことになると、また余計な飛び火を浴びないか心配だ。正確に言えば、ウチの英国製ドラゴンが英国製の業火で焼き尽くすことにならないかという心配なのだが。
「いまのところ、自称“真王”って以外に情報は?」
「政治的、軍事的な能力は不明だな。だが、聞いた話ではな……」
窓から外を見ていたティカ隊長が眉根を寄せる。
なにか気になることでもあったのかと俺もそちらを見るが、眼下に広がっているのは荒れ果てた野原と赤茶けた土ばかり。だいたいの位置関係しか理解していないが、旧アーエル領の北東端に差し掛かったあたりか。
転々と転がっているのは、鳥の死骸。焼け焦げたものしか見ていなかったが、数と状況から考えるとあれがローカスト・バードなのだろう。
誰がどうやってやったのかは知らんが。少なくとも数千はあるだろう鳥の死骸が、一面に転がっていた。
なるほど、といった感じでティカ隊長が告げる。
「その“真王”は、かなりの魔導師だそうだ」
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