王国の亡霊
感想欄「カインツってマカで死んでない?」
死んでますね。つうかけっこうノリノリで殺しました、完全に忘れてた。
というわけで、すみません修正しました。
「この無能どもが! さっさと働け!」
アーエルの農業監督官ルコアは、休んでいた亜人たちを馬上から鞭で打ち据える。ドワーフの、エルフの、獣人たちの肌に、どす暗い怒りをぶつける。
死なない程度に何度も痛めつけるが、亜人たちは俯いたまま、必死に痛みを堪えるだけ。悲鳴を上げれば更なる打擲が加えられると思い知っているからだ。嵐が過ぎ去るのを待つような態度が、ルコアを苛立たせる。
亜人たちは“隷従の首飾り”を嵌められていて、抵抗も回避もできない。
ああ、俺も同じだ、クソが。
心の中で、ルコアは呪いの言葉を吐き出す。クソみてえな国の、クソみたいな領地に縛られた奴隷。
王府への叛乱で討伐され、滅びの道をひた走る辺境地アーエルの農業監督官。これはルコアがようやく手に入れた、最初で最大、そしておそらく最後の権力だった。
貧乏男爵家の四男で、頭も腕っ節も三流の小男でしかない自分には後がないことくらい、理解していた。
コネを辿ってカインツ子爵領軍に潜り込んだものの、加わって最初の任務であるエーデルバーデンの叛乱鎮圧は失敗。その後、エーデルバーデンからアイルヘルンの僻地ゲミュートリッヒに逃げ込んだ亜人の討伐を行なったが、そこで異常な力による反撃に遭った。子爵領軍の兵は全滅。ルコア自身も重傷を負って、戦う力を失った。わずかなカネも、装備も、成り上がるためのコネも、全部だ。
その後もカインツは、アイルヘルンの亜人たちを執拗に狙っていたらしいが。少数の手練れを引き連れて遠征に向かったまま、消息を絶った。
「クソが」
部下たちを巻き込んで死に急いだ無能な上官を、ルコアは口汚く罵る。
だが敗北を喫したのは、カインツたちだけに限らない。ゲミュートリッヒの亜人たちは、敵対する勢力を次々に滅ぼしたのだから。
この国の王族は、王城とともに潰れた。聖国も政治の中枢である聖都を更地にされた。それどころか、奴らは同じアイルヘルンの対立派閥でさえも、すべてが血と肉片と瓦礫に姿を変えたのだ。
いまの王国は、貴族の残り滓どもが辛うじて政体を維持しているだけ。だが、そいつらが名乗る“新生貴族議会”とやらは、宰相のラングナス公爵も、貴族院連合軍で最大の兵力を抱える貴族院議長、ハイコフ侯爵も喪った烏合の衆だ。
実態は不明だが、もはやアイルヘルンに攻め込む力はない。それどころか、王国内を管理できるかも怪しい。
ルコアたちカインツ子爵領軍の生き残りも、当初は盗賊にでもなる以外に選択肢はなかったのだが。中央の政変で状況が変わった。実家の男爵家が子爵への昇進を果たすのと引き換えに、なぜか三男ルコアは廃領アーエルの農業監督官にされたのだ。
これが返り咲きのチャンスと考えるほど、ルコアも愚かではない。実家の爵位継続は、条件付きだった。それはルコアが、農業監督官として今年の収穫を確保すること。
申し訳程度の兵や副官は付けられたものの、人身御供なのは明らかだ。
だが、まだ終われない。わずかでも成り上がれる可能性があるなら、やるだけだ。力と、コネと、カネと。役得の全てを利用する。
「王国の農業生産を阻害していた、無能なアーエル領主は消えた! いまこそ、その誤りを正す! 我ら“新生貴族議会”の下で、王国は農業改革を果たす!」
ルコアは農作業中の亜人たち相手に、信じてもいないお題目を唱える。だが叫び唱え続けなくては、誰よりも自分を騙せなくなる。
「その第一歩が、いま! ここで始まるのだ! たかが半獣の分際で、改革に参加できる栄誉を誇るがいい!」
そんなルコアの声を、亜人たちはムッツリと押し黙ったまま聞き流す。
「……根こそぎ奪うだけの改革か。アーエルも今年で終いだな」
「しッ、あの能無しは地獄耳だ。聞かれるとまた鞭を喰らうぞ」
当のルコアの耳に、獣人のボヤキが聞こえてきた。苛立つが、殺すのは思い止まる。収穫期のいま、労働力を削るのは自殺行為だ。
農業監督官として睨みを利かせるまでもなく、亜人の集団はノロノロと農地に広がってゆく。身体能力に優れた獣人たちの担当は、最も面積の広い小麦畑だ。畑のなかに踏み込むと、刈り取りのために腰を屈めた獣人たちの姿は見えなくなった。
「……どのみち終いだ、クソが」
ルコアは吐き捨てて、馬で畦道を進む。視界一杯に、痩せて枯れかけた貧相な麦穂が広がって見える。
報告によれば、ここ数年は天候がおかしいらしい。湿り気が欲しいときには降らず、日照りが必要なときに荒れた。井戸も川も濁って淀み、山の気配も魔獣の動きも落ち着きがない。
実りは、例年の半分にも満たないだろうとの予測が伝えられていた。
王国の中西部から北西部にかけては、王国の食糧生産を支える一大穀倉地帯だったが、ここ数年は生産が激減している。
直接の原因は農業人口の減少。政情不安や迫害、強制徴募によって領民が流出した結果だ。アーエルも例外ではなく、人口減少は危機的状況にある。
もともとアーエルは、土地が肥沃なわけでも収穫率が高いわけでもない。王国内では穀物の生産量こそ多い方だが、他に産物がないというだけだ。アーエル領はほぼ全域が農地。つまり管理と収穫に膨大な人手を要するということなのだが、そんな事情を南部出身者であるルコアはここに来て初めて知った。
農業人口を削いだのは、王国中枢が命じ、カインツたちが行った討伐だ。その結果は、もう人員の不足として如実に現れている。
「獣人ども! さっさと刈り取れッ! 日暮れまでに全部残らずだ!」
「ドワーフどもは脱穀! 袋詰めして貯蔵蔵に運び込め!」
獣人たちが収穫を続ける間にも、ルコアは怒鳴り続けた。既に取り掛かっている作業を急かされたところで、効率は上がらない。
わかってはいても、止まらなかった。理由も対象も不明な焦りと、怒りと、憎しみと、恐怖に駆られて。
ルコアは叫び続けた。
「全て終わるまで! 休憩はなしだ! 作業を止めることは許さん!」
誰も返事はしない。反抗もしないし、顔も上げない。殴られても、蹴られても、鞭打たれても。絶対に実現できないことを命令されてもだ。怒りも憎しみも殺意も絶望も、みんな呑み込んで耐えるしかない。
攻め滅ぼされ“隷従の首飾り”を嵌められた彼らには、絶対服従以外の選択肢はないのだ。
「……この人数じゃ、早くて二日は掛かるぞ」
「水も飯もなしじゃ、倒れたり死んだりで、いつまで経っても終わらんさ」
「なんだとッ⁉︎」
笑いながら吐き捨てた人狼の声を聞いて、ルコアはその背に鞭を叩きつける。
「もういっぺん言ってみろ! 犬コロの分際で! 人間様に楯突くつもりかッ! 貴様らなど! 残らず! 皆殺しにしてやっても! いいんだぞ!」
全力で鞭打たれながら、その人狼は動じない。悲鳴を上げることもない。笑いを浮かべたまま、無関心そうにルコアを見据える。
「好きにしろよ。同じことだろ。いま死ぬか、ほんの少し後で死ぬかだ」
「貴様……ッ!」
「俺も、お前も。この国も。もう死んでんだよ」
鞭を振るいすぎたルコアは、ハアハアと汗だくで息を荒げる。体力が尽きたのを悟られないようにしているのだが、手を膝に置いたまま動けない。
「望み通りにしてやる! 貴様ら全員! 終わるまで飯も水も抜きだ!」
捨て台詞を吐くと、人狼の顔に最後の一撃を喰らわせる。傷だらけの人狼は膝から倒れ込み、ルコアは背を向けて立ち去る。背後から、人狼が仲間に詫びる声が聞こえてきた。
「悪いな。俺のせいで、割食うことになった」
「いいや。最初からだろ。ここから井戸まで二哩はある。朝から誰も、水樽も荷馬車も見てないぜ」
「玉瓜なら畝の脇に残してある」
その声を聞いて、ルコアは眉を顰めた。
ずっと水なしで農作業を続けると、死ぬ。なので亜人たちは畑の雑草である玉瓜を齧って、渇きと飢えを癒すのだろう。
玉瓜は渇いた荒れ地でも繁殖し、実に多くの水を含むのだ。ただし苦味とえぐみと臭みがあって、摂りすぎると腹を下す。そんなものを口にするのは、虐げられた亜人農奴か、敗けて逃げ落ちる雑兵だけだ。
満身創痍でアイルヘルンから逃げ落ちたとき、道端の玉瓜を囓りながら、ルコアは誓ったものだ。こんなものは、二度と口にしない。それだけの地位を、必ず手に入れてやると。
「……なんだ、あれ」
獣人たちの声に、ルコアは苦い記憶を振り払う。立ち尽くす農夫の視線をたどると、おかしな形の暗雲が、北東方向に広がっていた。よほど巨大なのか、その雲は地平線近くの山並みを覆い尽くしていた。
雲にしては、動きがおかしい。それが何なのかは。わからない。でも、ひどく嫌な予感がした。低空をうねりながら近付いてくる。
「た、大変ですッ! 監督官様ぁッ!」
エルフと農夫たちが、ルコアのところに駆けてくるのが見えた。近くに控えていた護衛の兵士たちが手槍を構えるものの、ルコアは手を振って下がらせる。
「何があった。あの雲は何だ」
「雲では、ありません!」
エルフの男は、恐怖なのか興奮なのかわからない表情に唇を歪める。笑っているようにも見えたが、その目は絶望に見開かれていた。
「ローカスト・バード。滅びを呼ぶ鳥の群れです。王国に襲来した記録は、もう何十年もありませんでしたが、その数は何十万とも何百万とも言われ……」
「能書きはいい。つまり、どういうことだ」
「あの群れは、一帯の作物を残らず喰い尽くします」
エルフの男は、くつくつと笑い出した。光のない目で、ルコアを真っ直ぐに見つめながら。
「……つまり、王国は終わりです」
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