群飛の予兆
「わたしが確認した書類では……前回の群飛発生は十五年前になっていました」
そう言いながら、ヘイゼルは新しい紙を出して数字をメモし始める。
「そこから数年は、飛来する数も棲息数も激減して……七、八年前まで減少傾向のままです。五、六年前から回復し始め、三年ほど前にいったん姿を見せなくなっていますね。そして昨年が……」
書いているのは数字の羅列だけれども、表記は縦線四本に斜め線を入れる画線法。すぐレイラにも理解できたらしい。
彼女もヘイゼルから紙と鉛筆をもらって、なにやら考えながら数字を書き込み始めた。
「増減の波に、類似性がありますね」
レイラが自分のメモを見せて、ヘイゼルのメモと照らし合わせる。レイラが記憶していた農の里の農業生産と、ヘイゼルが記憶していたローカスト・バードの棲息数。
「棲息数の波は、収穫量と逆の波になってます。害鳥の発生で収穫が減る、それ自体は当然なのですが……」
「不自然なのは、この時間差ですね」
ヘイゼルは顎に指を当て、レイラも眉間にしわを寄せて何事か考えている。
入力された情報を思い出し、取捨選択しているのか。お互いのメモから推測されるものでもあるのか。
「聖国の政変と聖都崩壊によって、周辺に外在魔素の乱れが発生しているのは確実です。生態系になんらかの異変が起きることも、予想されていました」
外在魔素の乱れを生んだ原因は、俺たちだ。もしこれでアイルヘルンに農業被害が発生したら色々と気まずい。あの変人農夫の領主タリオから糾弾されるとか、嫌すぎる。
「異変って、ローカスト・バードの大量発生?」
「それも、懸念事項のひとつです。ヘイゼルさんの得た情報が正しければ、棲息数は急増していますね。このままだと群飛型に変わる可能性が高いです。緑の少ないゲミュートリッヒの方角に飛来した例はないようですが、警戒は必要です」
「それよりも気になるのは、急増前の時間差です」
ヘイゼルは、自分で書いた方の紙を見せる。
前回の大量発生後ガクッと棲息数が減って、なだらかに増え始めたかと思ったら、いったん確認できなくなった後でドンといきなり増えている。
「それは何か問題を示してるのか?」
俺の質問に、ヘイゼルとレイラは顔を見合わせて少し考え込む。
「いいえ」
「はい」
ふたりの答えは正反対、ではあるが反応を見る限り双方とも相手のコメントを意外と考えてはいない。よくわからん。それこそ、どちらとも言える状況なのか?
「人為的な操作があったのではないかと」
いや、サラッと言うけどヘイゼルさん。それ、むっちゃ問題だよね。
俺が目を向けると、ヘイゼルは笑顔で肩をすくめた。
「ちょっとした雑用、ですが」
ヘイゼルは楽し気に笑い、レイラは困った顔で小首を傾げる。
なるほど。問題があるかどうかではない。問題と考えるかどうかの差だ。真面目で心配性なレイラは不確定事項が発生した時点で問題と捉える。一方、英国的達観精霊にとっては。
「問題ありません」
対処可能な事態は問題と呼ばないのだ。
◇ ◇
ヘイゼルと俺たちが向かったのは、ドワーフの工房兼倉庫。そこにはキチンと整理整頓され、磨き上げられた武器と兵器と車輛が並んでいる。
ローカスト・バードの大量発生が起こるとして、原因究明や責任の糾弾は後だ。まずは有効な対策と事前計画。
とはいっても、蝗害や鳥害に向いた武器など俺には思いつかない。
「航空機を運用するので、軍にも鳥による航空機事故への対策はあります。それこそ、お試し程度から、徹底的殲滅まで」
「いっちばん効果的なのは?」
「薬剤散布ですが、近年では批判が多いので使われませんね。こちらの世界でも、環境被害を考えるとお薦めできません」
「だろうね」
「そこで、環境に配慮したな大虐殺を考える必要があるわけです」
何そのパワーワード。いや、いいけど。ショットガンでも出すのかな、と思ったんだが……さすがに空を埋め尽くす小鳥を殲滅するのは難しいだろう。それは手間もコストも、時間的・人員的にもだ。
俺の頭には勝手にリョコウバトみたいな絵ヅラが浮かんでいる。あれは肉が美味いとかで数十億羽が乱獲されて絶滅したらしいが、それでも一世紀以上は掛かったはずだ。
「防鳥網とかは?」
「おそらくゲミュートリッヒの農作物被害についての対策でしたら、有効ですが。主な被害地域は農の里でしょうから面積的に不可能です」
「なるほど」
ヘイゼルによれば、現代の空港で使われている害鳥対策は、散弾銃の他に電気柵や威嚇用の爆音器、電子的な忌避音声や助けを呼ぶ鳥の悲鳴を鳴らす音響機器などだ。
いつか使うこともあるだろうと、いくつか手頃なものをDSDで購入してもらう。スピーカータイプの音響装置以外は、かなり単純で原始的なものばかりだった。
他に肉食獣のマーキング臭を再現した忌避剤もあるが、こちらの世界にいない動物では効果が見込めないそうだ。
「サラセンで見た“ばってりー”みたいのが接続されている。ということは、電気で動くんだ……」
「ナにか、変わっタ匂いがすルな」
「あ、これ気持ちいいのニャ~♪
ウチのガールズは害鳥対策グッズを調べながら、あれこれと使い方を話し合っている。猫耳エルミは鳥避けネットが気に入ったみたいだが、たぶん寝床としてだな。
「それじゃあヘイゼル、試しに音響機器ってやつを使ってみる?」
「わたしも、そうしようかと考えていたんですけれども。わかりました、いまあるリソースでの最適解は……」
何かに思い至った英国的精霊は、確信に満ちた表情で女の子たちを見る。
「ナルエルちゃんの、“雷霆”だと思うんです」
あまり自分と関係ない分野だと聞き役に徹していた天才ドワーフは、自分が豆鉄砲を喰らった鳥のような顔で振り返った。
「へぁッ?」
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