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剣と魔法とステンガン ――ゴスロリなショップ機能(英国面強め)で目指せ優雅なスローライフ!――  作者: 石和¥
スピリッツ・ハイ&ロー

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蝗翼

 酒場での暮らしに戻って、しばらく経った頃。

 食後のテーブルで、ヘイゼルがふと妙な名前をつぶやいた。


「ミーチャさん。“ローカスト・バード”という名前に聞き覚えは?」

「……いや、ないな。それが?」

「いま突然、頭に浮かんだんですけれども……」


 ヘイゼルは、その情報をどこで得たのか記憶が朧げだという。本人は、何故それが急に思い出されたのか首を傾げている。アバウトながらも理屈で動く架空英国的(スピリット・)疑似精霊(オブ・ブリテン)な彼女にしては珍しいことだ。


 バードというくらいだから鳥の名前か。少なくとも俺は聞いた覚えはない。それなりに博識なはずのエルミとナルエルも首を傾げる。異世界から来て間もないマチルダも当然わからず。

 ウチのガールズで知っていたのは、レイラだけだった。いつも穏やかな彼女が、珍しく少し嫌な顔をして話す。


「それは……渡り鳥、みたいなものですね。ふだんアイルヘルンには棲息していません。腹側が白くて、背中側が薄い茶色。大きさは、このくらい」


 レイラが指で示したローカスト・バードの体長は、十センチとちょっと。サイズはスズメ程度か。渡り鳥としては小型だ。

 彼女の説明から頭に浮かんだ外見も、なんとなくスズメに近い気がする。


 その鳥は十数年に一度、営巣地のある大陸北東から緑の豊かな南東部へと移動するのだとか。凄まじく巨大な群れで。ローカスト・バードが移動した一帯は農作物を食い荒らされて壊滅的打撃を受け、多かれ少なかれ食糧危機が起きる。

 その“緑豊かな大陸南東部”には、農の里エルヴァラも含まれる。レイラも幼少期に体験したそうだ。それまで大人たちからの伝聞でしか知らなかった、ローカスト・バードの襲来。それは想像を遥かに超えるのものだったという。


「見たのは幼い頃の一度きり、それも大人たちが必死で数を減らした後の群れでしたが、空が真っ黒に染まるさまは悪夢のようでした。消えた畑と、延々続く枯れ野原も。その後に起きた飢えと貧困もです」


 そういう害鳥なのであれば、彼女が嫌な顔をするのもわかる。


「……でも、なんかそれ、俺の知ってる渡り鳥と違うな」

英国的同意(アグリー・ブリテン)


 ヘイゼルに確認すると、訳のわからん言葉とともに頷かれた。


「本来、鳥の渡りというのは毎年の定例行動(ルーティン)です。十数年かに一度という時点で、わたしたちの知る“渡り鳥”とは違いますね。農業被害を考えると、季節での移動(マイグラトリィ)ではなく、災厄の襲来(プレイグ)と呼ぶ方が正しいです」


 そもそもワタリバッタ(ローカスト)というくらいだし、元いた世界の蝗害(こうがい)に近いか。以前、本で読んだワタリバッタの生態を思い出す。

 定住性短翅型(ふつうのバッタ)が黒っぽい体色の移動性長翅型(ワタリバッタ)に相変異するのは、密集状態に置かれた場合。過密状態は餌の不足を意味するため、群性相と呼ばれる長距離移動が可能なタイプに変容してゆくのだとか。


「何年かに一度ってことは……その鳥もバッタみたいに、環境で変わるのか?」

どちらとも(イエス・)言い難い(アンド・ノー)、ですね。専門の研究は行われていないので、憶測と経験則でしかありません。外在魔素(マナ)の乱れが起きると発生しやすいと言われています」


 魔素濃度が極端に上下動する環境で飼育されたローカスト・バードが、“群飛型”と呼ばれる攻撃性を持った個体に変わるという記録が残されていたらしい。


 そこまで話して、ヘイゼルは顔を上げる。そこに浮かんだのは疑問が晴れた喜びが半分。もう半分は、なんとも言えない嫌なものを見たような表情だった。


「思い出しました。これはマイトコルの持っていた情報ですね」


 また知らん名前が出てきた。と思ったが、マイトコルというのは俺たちがタキステナの魔導技術院を襲撃したとき魔薬(フェンティル)の精製を指揮していた男だそうな。ヘイゼルとハネルさんとの会話で出てきたようだが、まったく記憶にない。

 そのマイトコル、聖国からタキステナに逃れてきた魔導師と自称していたが、おそらく潜入した聖国の僧兵。廃人を量産する魔薬の生産をしていたことからも、アイルヘルンに害意を抱いていたことは間違いない。もう死んだから関係ないけど。

 なんにせよ、ヘイゼルが害鳥ローカスト・バードの情報を得たのは、そいつからだ。あの襲撃の前後で大量の研究資料と付随情報が入力されたため、関係なさそうな害鳥の話はヘイゼルのなかで保留項目(おくらいり)になっていたようだ。


「記憶ではなく、回収した書類にあった情報のひとつです。無価値なもの(アンワース)に分類されていましたが……いまになって、なぜか思い出されたのが気になっているんです。レイラちゃん、営巣地があるのは大陸北東部でしたね?」


 ヘイゼルは簡易地図をテーブルに広げて、アイルヘルン北東部に指で円を描く。意図を察したレイラが、その一部を指し示した。 


「ここですね。聖国より北の、人間の住まない辺境の森。繁殖期には、聖国の猟師が集団で森に入るそうですが」


「狩りのために? もしかして、その鳥は食えるのか」


 思わず身を乗り出した俺は、ヘイゼルとレイラから苦笑された。


「鳥でも魚でも獣でも、食べられるとわかると即座に反応するのが日本人的ですね」

「汎アジア的じゃないの? 中国人とか、もっとアグレッシブだし」


 アフリカなどで蝗害が報道されると、日本人は半分冗談・半分本気で“イナゴなら食えばいい”とか考えてしまう。でもイナゴと訳されるのが間違いで、ワタリバッタはイナゴではない。イナゴより遥かにデカくて硬く、見た目は“黒いトノサマバッタ”が近い。当然、食えない。

 その点、ローカスト・バードは身こそ少ないながらもマズくはないそうな。


「ですが聖国で狩りを行うのは、食肉用というより神の恵みの象徴(サクラメント)としての意味が大きいようです」


 入力された記憶情報を反芻して、ヘイゼルが教えてくれる。

 聖国では生命や多産の象徴。だというけれども。


「自分たちは農業被害のなかった、聖国人の戯言です」


 レイラは嫌そうな顔で溜め息を吐いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 蝗害は現代でも有効な手が無いのに、英国的最終解決を今度こそやっちゃうのか? ワクテカでお待ちいたします。
[一言] お久しぶり! ついに今度は天災と戦うのか?!
[一言] 本当にお久しぶりの更新、お待ちしておりました! このままエンディングまで更新して頂ける事を切に希望します。
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