ドラッグ・オン・ドラゴンズ
「……なん、だと?」
ようやく修復が済んだ、タキステナの領主館。その執務室で衛兵隊長から報告を受け、領主ハーマイアは混乱していた。夜明け前だが、寝ぼけてなどいない。騒ぎで目は醒めていたし、状況も頭では理解していた。
報告の内容は単純明快だ。三十分ほど前に、魔導技術院が炎上した。その後も何者かによる攻撃を受け、数十名の魔導師が死亡。
そこまでは、わかる。だが、なぜだ。
「最初の戦闘は、こちら。次にここで、西の城門に移動、その後にこちら城壁が崩壊しています」
屈強な衛兵隊長は、机上に広げた地図を指し示す。汗だくで煤まみれなのは、いままで被害確認を行なっていたせいだろう。
魔導技術院のある西側政治区画から、“無能街”と呼ばれている外郭区画を抜け、西側城壁を破壊したわけだ。
理由と経緯はともかく、原因はわかりきっていた。何者かも何も、そんなことができるのはゲミュートリッヒの“生きた災厄”だけだ。
ハーマイアも上空で鳴った、パタパタという音は聞いている。この街の住民が、“煉獄の太鼓”と名付けた、空を乱打するような音。空飛ぶ魔道具の飛翔音だ。その後に続いた、巨大な爆発音も。
「“魔導技術院”は、ゲミュートリッヒの恨みでも買ったか」
「は」
魔導技術院は領主直属の特殊研究機関というが、実態は前領主オルークファのお抱えだ。領主がハーマイアに変わってからは、管理どころか接触すら拒んでいた。何を行なっているかもわからない怪しげな者たちに支援はできないと公的資金の投入を止めたので、もう実害はないと思い込んでいたのだが……。
「聖国の僧兵残党と手を組み、魔薬の生産を」
「……馬鹿な。そんなものが流通しているという報告は上がっていない」
「は。タキステナではなく、サーエルバンに運び込んだようです」
ゲミュートリッヒと、最もつながりの大きな街。そこに被害を与えることは、ゲミュートリッヒに被害を与えるのと同じだ。むしろ、あの連中なら。自分たちが被害を受けるよりも、仲間に手を出される方が怒りを覚えるタイプではないかという気がした。
「資金と資材と人材は、王国から持ち掛けられていました。タキステナは、被害を受けたサーエルバンやゲミュートリッヒからの攻撃を躱すため、利用されたかと」
「……なるほど。タキステナは、もう終わりだな。それでなくとも破綻しかけていたというのに……」
下がって良いと手で示した後も、衛兵隊長は部屋に留まったままだ。他に何の用があるのか知らないが、さっさと話せと目顔で促す。
「領主様。攻撃は、敵対者だけに限定されています。ゲミュートリッヒの武力は強大ですが、敵味方の区別は明確に行うとの報告があります」
ハーマイアは無表情な顔で、衛兵隊長を見る。
「事実、今回の攻撃も明らかに無関係な者への被害が出ないよう考慮したものでした」
「仮にそれが事実だとして、意図も基準もわからない他人の判断に命を懸けられるものか。増長したタキステナのクズどもが、滅びるべくして滅ぶのはかまわん。だが、ここで判断を誤れば喪われるのは領民の命だ」
そこまで言って、溜め息を吐く。どのみち、こちらからできることはない。生殺与奪の権を握っているのはゲミュートリッヒ側だ。こちらは無能な弱者で、しかも加害者だ。
「前回のように、カネで済めばまだマシだ。また領主館を吹き飛ばされることになるかも知れんぞ」
「ゲミュートリッヒは、理由もなく、そのような暴挙には出ません」
「だと良いがな」
新領主となって、ひと月ほど。陰で嗤われていることくらい知っている。学徒上がりの世間知らずで、永遠の青二歳。政治資金も政治手腕も、人脈も人望も判断能力もない、オルークファの犬。御しやすいと思われて御輿に乗せられただけの、お飾りだと。
間違ってはいない。他にできる者がいないという理由で、新領主の任を引き受けさせられた。オルークファの残した莫大な政治的負債を処理するだけの苦行など、誰もやりたがらなかったからだ。
「前領主の頃から、あなたはタキステナの面倒な実務を取り仕切り、問題を解決してこられた」
「ああ、そうだな。それは処理能力が高いからではない。気位がないからだ」
そしていま、ここにいる。愚かな者たちのお飾りとして、望まぬ頂点に据えられ、矢面に立たされて。
他人の罪と責任をなすりつけられて粉微塵に吹き飛ばされるなら、犬には似合いの最期だ。
「学術都市で天才を自称する有象無象どもが、何を言おうと知ったことではない。あなたは負う必要もない責任と汚名を、ずっと背負わされてきている。違いますか」
衛兵隊長の言葉が、ようやく耳に入ってきた。慰めにしては口調が強すぎ、追従にしては歯切れが悪い。こいつは、この期に及んで何を言おうとしているのか。
胡乱な目を向けたハーマイアに、衛兵隊長は笑みを浮かべた。
「王国と聖国に、意趣返しをする気はありませんか」
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