北へ
こうと決めたらヘイゼルの決断は早い。手段の選定と行動も早い。店に関して言えば、実務はともかく名義上の主人役は俺だと思うのだけれども。彼女の場合、メイドと言っても俺に従属する立場ではない。商業上のクライアントというか名ばかりの雇用主といったところだ。
というわけで、俺はいま森の上空を飛行する汎用ヘリの後部座席で、どうしたものかと頭を悩ませている。もちろん魔薬とやらの蔓延を許す気はない。製造元が判明したら潰すことも異存はない。ないが……
「なあ、ヘイゼル」
「はい♪」
ウキウキしながら殺意を漲らせているツインテメイドの手綱を押さえていられる気がしない。どうやらこの英国的悪夢の使徒、薬物汚染に関しては容赦がない。以前どこかで違法薬物による被害を被っていたのかもしれない。酒ですら状態異常として拒絶されると言っていたから、本人が使用したりされたりはなさそうだが。
「殺す前に、殺すべきかの確認はしたい。上空から光学追尾有線誘導弾で吹き飛ばすというのは最後の手段だ」
「わかっています♪」
――ホントに?
疑わしげな空気を察したのだろう。彼女は操縦席からヒョイヒョイと装備を手渡してくる。
追加購入した減音器仕様の短機関銃、ステンガンMkⅡSが二挺と亜音速弾の装填された弾倉が六本。前に購入した減音器付特殊拳銃もだ。
「どちらを使われますか?」
殺すことは確定事項なのね。いまのところは、無差別の大量殺戮にならなければそれで良しとしよう。
「……ステンガンかな。俺の腕だと、ウェルロッドは使いこなせる気がしない」
ウェルロッドはトンファー型の特殊拳銃で、ライフルのように一発撃つごとにボルトを手で引いて装填するのだ。密閉されるので減音性能は高いけど、そんな本格スパイが使うような武器は無理。初弾を外してグダグダになる未来しか見えない。
「昼間にタキステナに入るとしたら、ローブと魔術短杖は手放さない方がいい」
副操縦席で、ナルエルが俺に忠告してくる。
「そのふたつがないと、学術都市では頻繁に衛兵の尋問を受ける。建物にも入れない」
「止められるのは、どの範囲? 研究施設でも厳重なところ緩いところがあると思うんだけど」
「ほぼ全部。研究施設だけではなく、商業施設や露店も断られる」
「露店まで? なぜ?」
「タキステナの経済活動は、魔導師たちの貢献で支えられ公金を投入されてる。魔導師でないものは、その恩恵を受ける資格がない。……というのが、あのいけ好かない連中の屁理屈」
後半は多分に私情が挟まれているようだが、ナルエルの聞いた話ではそういうことらしい。
学術都市の事情に詳しい彼女は、今回の案内役だ。少人数での隠密行動なので、マチルダとエルミはお留守番になった。俺たちはローブもワンドも持ってないので、冒険者ギルドのアマノラさんから緊急貸出用の汎用品を調達してきたのだが、なんでナルエルまで持っていないのか。
「タキステナを出るとき、捨てた。もう戻ることはないかと思って」
ナルエルらしい思い切りの良さだ。実際、こんなことでもない限りタキステナに戻ることなどなかったのだろう。彼女自身、もう学術都市に対する興味は完全に失っている。
「なあ、ナルエル。俺まったく魔力ないらしいんだけど、魔導師だけの都市で問題にならないか?」
「大丈夫。タキステナでは、実験以外で魔力測定はしない」
「へえ、意外だな」
「そうでもない。魔力も魔法の能力も、あって当たり前という考え」
「……」
この世界では、自分がとんでもないイレギュラーだというのを再認識させられて少し凹む。まあ、魔法使いになりたいと思ったことはないが。それは、いろんな意味で。
「ナルエルちゃん、銃は要らないですか?」
「わたしは、これがある」
ナルエルが副操縦席から、後部座席を指す。俺の隣に置かれているのは、彼女愛用の殴打用棍棒。凄腕の魔導師で鍛冶師で機械工、そして天才魔道具師でもあるナルエルだが、戦闘は突っ込んでってメイスで殴るという完全脳筋スタイルだ。エルフとドワーフの混血な彼女の、性格の方はドワーフ寄りだな。“薙ぎ倒し”の二つ名は伊達じゃない。
「銃は好き。分解して磨いて愛でるのも、撃つのも好き。だけど、できれば実戦では使いたくない」
「……?」
「汚れるから」
うん、わからん。いや、理屈だけならわかるが、共感はし難い。綺麗に磨いて撫でて眺めて楽しむ、美術工芸品のような感覚か?
それは美意識の違いもあるが、そもそも自分の戦闘能力に不安がない彼女ならではの観点だろう。俺個人でいえば、銃がないと毒牙付き鼠や一本角付き兎にも勝てない。
「奥に街が見えてきましたよ。ナルエルちゃん」
「森の右手奥に、少しだけ拓けた場所がある。いまの時期なら、ひとはいない」
「わかりました」
タキステナから視認される距離まで近付くのは危険なので、途中で降下するのは事前に打ち合わせていた通りだ。この辺りの森で着陸できそうな場所は、いくつかナルエルに心当たりがあるとのことだった。
彼女の指示に沿って進むと、直径十数メートルの平地があった。着陸してエンジンを停止し、ヘイゼルが調達機能の一時保管区画で収納する。
置いてある機材や積んである丸太を見る限り、ここは木材の切り出しを行っていた場所のようだ。
「タキステナまで木材を運ぶ移送路がある。前に通った西側の道より遠回りだけど、広くて歩きやすい」
「なんでこんな遠い場所で伐採を?」
「この辺りに生えているのは、樹齢の高い不滅檜。建材として使えば魔力の影響を遮断するので、実験や研究を邪魔しない。魔導師が建材として好む」
そんなもんか。ちなみに、魔術短杖に使われるのは建材とは逆に魔力を吸収・圧縮・誘導・強化できる樫や楢などのオーク系なのだそうな。俺には微塵もわからない世界だが。
「ここからタキステナまでは?」
「約三十二キロくらい」
潜入を考えているのは夜だから、日はもう傾き始めている。暗くなった森のなかを三十キロ以上歩くのか。運動不足の中年男は、体力が持つかどうか不安になる。そんなことは織り込み済みのようで、ナルエルは俺を振り返った。
「城壁から十一キロ強のところに検問がある。その手前までなら、車両でも問題ない」




