ハービンジャー
本来の会談予定日から二週間後、サーエルバンにて四者会談が再設定されることになった。
事態の収拾にはそれが最善だろうというエインケル翁の判断の下、場を取り持ってくれたのはサーベイ氏。出席者はマカ領主・サーエルバン領主代行両氏の他に、エルヴァラ領主。そして、ゲミュートリッヒ領主代行のヘイゼル。
場所がサーエルバンなのは、俺たちの自陣営というのもあるし、“お前が足を運べ”という意思表示でもある。マカの転送魔法陣を使えないタリオは、エルヴァラから遥々サーエルバンまで馬車か騎乗での移動となったわけだ。それを俺たちにさせようとした当人なのだから、特になんとも思わんけどな。
各領主には、それぞれ二名の帯同者を認めるとの事前通達があった。名目上は陪席者、実態は感情衝突の緩衝物としてだ。マカとサーエルバン、エルヴァラは衛兵隊長と商業ギルド長を出席させるようだ。ゲミュートリッヒは商業ギルドがないこともあって、俺とティカ隊長。
「残念ですが、幸せな結末にはなりませんよ」
ゲミュートリッヒの鍛冶工房。サーエルバンに向かう転移魔法陣の前で、ヘイゼルの発した言葉にティカ隊長は肩を竦める。
「誰も死ななければ、望外の結末だ。なあ、ミーチャ」
「俺に振るのやめて隊長、本気でそう思えてくるし」
「わたしも、おふたりと同感です。エルヴァラに関する情報を総合する限り、彼らは緑色の全体主義者ですから」
いや、なんて?
ヘイゼルが関係者との接触によって、情報集取を行った結果だろう。エルヴァラの住人に求められるものは、自発的従属だったという。守るべき義務と、果たすべき責任。所属する集合への忠誠と、無私の貢献。そういった“個を捨てることこそ美徳”というような思想に、冥府の使徒は忌避感を抱いたようだ。
「農業というのは、いわば自然を相手にした戦闘ですから。新兵教育のような個性剥奪の効果も、全否定する気はないですが」
まったくそんなことは思っていないという顔で、ヘイゼルは告げる。
「あの農害に感じる不快感は、あのチョビ髭野郎に似ています」
それでわかった。ダメだこれ。ホントにダメな奴だ。
笑顔のヘイゼルの向こうに開かれた地獄の門が見える。彼女のなかに最初からあった、妙に頑なな拒絶。その決定的な断絶が。明確なディテールとして見えてきた。エルヴァラの独裁的全体主義は、ヘイゼルの英国的独立性と相容れないのだ。
良し悪しの問題ではなく、最初から決定的に。根源的に。絶対的にだ。
「さすがに、農業で不意打ち侵略はしないと思うけどな?」
冗談めかして言った俺に、ヘイゼルは笑う。
「甘ちゃんなのは、ミーチャさんの美徳ですね」
うん。笑顔だけど全然ホメてない。
そもそも英語の“ナイーヴ”に和製英語的な“繊細”“素直”“傷つきやすい”などというニュアンスはない。“世間知らずの若造”“お人よしの能無し”、要するに安いカモを指す。
「エルヴァラによる侵略は行われ、既に占領は済んでいます」
「……タキステナの塩のようにか?」
「はい。ですが単なる産出資源でしかない塩と違って、農作物は技術と人員が必要になります」
農業には詳しくないが、そうなんだろうとは思う。生産にも、維持管理にも、輸送や保存にも。さらに翌年以降の採種や育生を含めれば、継続的にだ。容易には奪えないという点で、戦略物質として塩よりも優秀なのはわかる。
「かろうじて独立性を維持しているのは、狭間の難所に隔たれたゲミュートリッヒだけです」
それは、ドーバー海峡と掛けてるのね。わかるが、俺にはリアクションのしようもない。
ここまでの会話を聞いていたティカ隊長が、よくわからんという表情で肩を竦めた。
「この先の“話し合い”で、さらなる孤立を進めるわけだな?」
「ええ。無価値な相手との無意味な連帯は捨てましょう。友邦との関係さえ密であれば、何も問題はありません」
「……お、おう」
「さあ、“合意なき連合離脱”を♪」
だから。ティカ隊長にはわからんて。アホっぽい顔で旗振るジェスチャーしてるけど、それ欧州連合離脱んときのボリス・ジョンソンだろ。お前、ずっと元いた世界の情報にアクセスできてたんかい。
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