虹の橋
「ご迷惑を、お掛けしました」
部屋まで見舞いに行った俺たちに、レイラはションボリと頭を下げる。
「いや、全然。レイラは悪くない。そもそも、揉め事の発端からして向こうの責任だしな」
「ですが……」
「あんまり無理するな。タリオのことは、もう気にしなくて良いから」
気にするなと言われて、はいそうですかというわけにもいくまい。とはいえ、もうレイラの手は離れてしまっている。農害領主は冥府の龍の逆鱗を逆撫でしたのだ。後はいかに収めるかだけの問題でしかない。
それが大問題なのだが。
「そうですよ。レイラさんはもうゲミュートリッヒの一員なんですから」
ヘイゼルが、穏やかに告げる。俺には少し不安になる感じの笑顔で。
「もし、わたしたちの身内に、迷惑を掛ける者がいるようでしたら。それは、我々の、問題です」
これはダメだ。なんとかしないと、エルヴァラの住民たちは、焼け野原からの復興を強いられることになる。
その状況になってもなお、生き残りがいれば、だが。
「あのな、ヘイゼル」
「わかっています」
わかってないと思うから言ってんだよ。何をどう理解しているのか、非常に不安になる。
「殺しはしませんよ、誰も」
なんだろう。何気ない発言の全てに傍点やダブルクォーテーションが付いてるような印象。裏の裏まで読むのがデフォルトの会話なんてあんまり経験ないから、この冥府の使者の底意が読めん。
「エルヴァラの魔導通信器を、預けてもらえませんか。悪いようには、しませんから」
ホントか? それ本当に、悪いようにはしないか?
どうやらレイラも、俺と同じような不安を抱えてはいるようだけれども。町に――農作物の異常成長程度だとしても――被害を与えた負い目があるせいか、おとなしく通信魔珠を渡してくる。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ、話は、すぐに済みます」
すべての発言が物騒に聞こえてくるのは、俺の気のせいだろうか。気にせいだと思いたい。
ヘイゼルが英国的調達機能のパネルを開いたときの会話が、どうにも引っ掛かっている。
◇ ◇
酒場のダイニングテーブルで、俺はヘイゼルと向き合っていた。
周囲ではレイラ以外のガールズが、静かに見守っている。エルミはいくぶん不安そうではあるが、マチルダは面白そうな表情を隠しもしない。技術マニアなドワーフの血を引くナルエルに至っては、英国的悪夢の顕現を期待して目を輝かせている。
「ヘイゼル、先に訊いておくけど、お前なにする気だ?」
「釘刺しです」
マカで聞いたのと同じコメント。その意味は、要するに威嚇だ。仮に無自覚であっても、自分たちに示威行為を行ってくる相手には、ハッキリと警告を与えなければいけない。日本人以外の社会的基本姿勢としては、それが当然なのだろう。法整備も曖昧な未開社会となれば、なおさらだ。
「まずは掩蔽貫通爆弾を考えたのですが」
「何を貫通する気だよ」
「岩盤です。そんなに水が欲しいなら、くれてやろうと思いまして。いくつか可能性の高い場所をピックアップしています」
ヘイゼルは傍らの簡易地図を引き寄せ、いくつかの地点を指す。彼女が選んだのは、エルヴァラの少し高い位置にある湧水地点。すぐ下には農業地帯が広がっていて、目的は明確だった。
こいつ、水攻めしようとしてる。
「実行した場合の被害規模は」
「少しばかり、水田になるくらいですね」
彼女は、ふふって笑うけど。畑が水浸しになるのと、“ブチ切れる”と掛けたブリテンジョークらしい。いや、知らんし。その程度で警告になれば、さほど悪くはないか。
「ですが残念ながら、汎用ヘリでは投下高度が足りませんでした」
「必要な高度は、どのくらい?」
その差が少しくらいなら、底上げの方法を考える。可能性があるのかどうか確認しようと思ったのだが。
「設計通りの効果を求めるなら五千五百メートル、回転翼機の上昇限界は三千メートル強ですね」
「無理だな。無理する意味もないし」
「ええ。素直に四発戦略爆撃機を買いましょうね」
「買わんて」
エルヴァラの馬鹿を脅しつけるためだけに、そんな巨大なもん買ってどうする。要る要らん以前の問題だろ。滑走路どころか平地もない環境で、どうやって離着陸すんだよ。
さすがにランカスターは冗談だったようで、ヘイゼルもすんなり拒絶を受け入れた。
「燃料気化爆弾でしたら、回転翼機からでも投下が可能なんですが……」
「ああ、そっちはダメだ」
「ですよね」
どういう経緯かアメリカ製のものが謎英国の調達機能の在庫にあるようだ。重量五百五十ポンドから七百五十ポンドくらいというから搭載は可能かも知れんが。
被害が一般市民に及ぶ武器は、可能な限り使いたくない。それは、この世界で歪な異物でしかない俺たちが守るべき一線だと思ってる。
「地表構造物粉砕爆弾が、文字通りに無価値な草花だけを切り刻むんなら最適なんだけどな」
「……良い物があります?」
いや、なんで疑問形なんだよ。ヘイゼルが指を顎に当てて、何か考えている。
嫌な予感がする。ってことは大概、良い結果になることはない。
「却下だ」
「まあまあ、そうおっしゃらずに見るだけでも」
おい、今度はなんだ。ヘイゼルの口調が急に商人みたいになったぞ。
「ある意味、ミーチャさんが拒否反応を示す兵器そのもの、なのですが」
「が?」
「運用を変えます」
口紅ほどの小さな金属容器には、カラフルなラベルが付けられている。
リボンを掛けたキレイな箱のなかに並んでいたら、女の子とかウキウキしそうなパッケージだけど。いまの話の流れで、嬉しいプレゼントを調達したって話に着地はしない。
「ヘイゼル、これは?」
「虹色の除草剤です」




