農害
「タリオがああだって、前からわかってた?」
「はい」
晴れ間の見え始めた山道を運転しながら、俺は助手席のヘイゼルに尋ねる。わざわざゲミュートリッヒまでランドローバーを転がして戻る必要はないのだけれども。なんか気分がモヤモヤして、そのまま転移魔法陣で帰る気になれなかったのだ。風に当たれば少しは気も晴れるだろう。手持ちのローバー、屋根付きだけどな。
「いつから?」
「最初からですね」
ヘイゼルの声は穏やかだが、あの馬鹿への嫌悪感はしっかりと込められている。どうもティカ隊長からゲミュートリッヒの領主代行を引き継いですぐ、領主間で使用される魔導通信器で連絡があったらしいのだ。
「ああいうのは、どう表現するべきでしょうね。……“とても率直な物言いをされる方”?」
「ムッチャ分厚いオブラートが感じられるんだが。何を言われたんだよ」
「金貨一万枚でエルヴァラの領主にならないかと」
「は?」
「まだ鉱山都市での顔合わせよりも前です。挨拶も名乗りも前置きもなく、第一声がそれでしたから。なんと言うか……機能的に問題ありなのは理解しました」
そうね。天然ていうのか、空気読めず距離感ないタイプ。それが悪いとまでは言わん。創造・制作職には、割とよくいる。二極分化できる話ではなく、程度の問題でしかないのだ。言うたら俺だって、その傾向はある。社会性がない代わりに集中力は高く、得意分野では総じて有能なことも多い。避けては通れん仕事相手なら、上手くやるさ。自分を守りながらな。
そう、ひとつ問題があるとしたら、だ。この手の人間は、悪意なく周囲を潰すのだ。自分や周りの人間を守らなきゃいけないとしたら、可能な限り接点を断つのが賢明だ。
「そのときは学術都市や獣人自治領など、明白な敵対者にばかり意識が行っていたので一蹴して終わりだったのですが」
タリオのなかでは終わってはいなかった。そこが始まりだったのだ。
頭はおかしいが馬鹿じゃない。アイルヘルン内部で情報収集はしていたようだし、資本力も行動力も決断力も無駄に高い。タキステナの監視に実娘を送り込んでいたことも、違和感があったけどいまなら理解できる。娘を駒としか考えていなかったのもあるだろうが、おそらくタリオは信頼できる部下や手駒がいない。
あの手のタイプがもうひとつ厄介なのは、本人のなかでは内外の区分が厳密にあり、しかもそれが本人にしか理解できないことだ。
ときに無関係な人間が、意味不明な判断基準で“身内”扱いされることがあり、たいがい敵対される以上の被害を受ける。
俺がそれを伝えると、ヘイゼルは暗澹たる面持ちで頷いた。彼女には珍しく、力押しも頭脳戦も効かない怪物に決め手を欠いているようだ。
「間違えたフリして撃っちゃいましょうか」
ヘイゼルが冗談めかして言う。顔は辛うじて笑ってるけど、あんま冗談じゃない感じ。いまは被害が主にメンタルで済んでるけど、これは実害が出たら間違いなく、即座に実力行使に出るわ。
「あれは、天性の才能ですね。……ひとの神経を逆撫でする」
「エインケル爺ちゃんは、悪気はないと言ってたけどな。他意も含意もないが思慮もない、だっけ?」
「まさにその通り」
本人のなかには、本人なりの考えもあるんだろうが、それは本人にしか理解できん。その天然が引き起こす結果は、悪意よりひどい。
「「はぁ……」」
俺たちは揃って、いろんなものが籠もった溜め息を吐いた。
「まったくもって素晴らしいです!」
ああ、ヘイゼルさん。英国的な皮肉もスラングも自動翻訳的に理解はするけれども。“血塗れ”はフラグっぽいのでやめてくれ。




