領主たちの懊悩
「それじゃ、悪いがマカまで一緒に来てくれるか?」
肝が座ってるのか俺たちとの付き合いで突き抜けたのか、ティカ隊長は平然とした顔で側の魔法陣を指す。
ひとつはゲミュートリッヒとの往来用、もうひとつはマカとの往来用だ。俺が見ても魔法陣の違いはわからないが、壁に掛けられた装飾用織物で識別しやすいようになっていた。サイズは縦横一メートルほど。ゲミュートリッヒ側のは草原に立つ白壁の城砦みたいな風景、マカ側のは夜の鉱山に灯が瞬く風景が描かれている。
「ものすごいクオリティですねこれ。誰の作品ですか?」
「商会のティモです」
メナフさんに聞いて、一瞬それ誰だっけと考える。前に会ったことがあるっぽい口調なので脳内検索を掛けるが、なかなか出てこない……って、あれ?
「ウソでしょ、あのティモさん⁉︎」
「はい。料理長です」
「どうしたミーチャ。そのティモというのは?」
ティカ隊長に話して良いのかとメナフさんに目で尋ねると、構いませんというリアクションだった。保安情報に関して言えば隊長って中枢にいるわけだしな。
とはいえ、どこをどう説明すべきか迷う。
「あぁ……と、ティモさんてのは、サーベイ商会のレストランで料理長を務める男性だ。俺のいた世界から召喚されたんだが、生まれ育った国は違う。そして、なんでか魔族として召喚された」
イタリア料理を得意とするドイツ人。そこは言っても伝わらんと思うし、伝わっても混乱するだけだ。
「ミーチャのいたところに、魔族は?」
「いないな。エルフもドワーフも獣人もだ。人間以外いない」
「……ということになっています」
やめろヘイゼル、話をややこしくすんな。
「魔族として召喚? そんなの聞いたこともないな」
「俺たちも理由はわからないし、本人もわかってない。わかっているのは、料理と織物に素晴らしい才能を持っているってことだけだ」
こっちは単なる趣味だって言ってるらしいけど。これ売り物になるだろ。それも、超高額で。売ってくれるなら俺だって欲しい。ヘイゼルも同感だったようで、織目を目で追っている。ほつれや乱れどころか毛羽立ちすらない。もしかしてティモさん、中身ロボットか?
「異常なまでの高品質。風景が浮き立つような表現は、フランスのジャカード織に雰囲気が似ています」
イタリア、ドイツときて今度はフランスですか。ティモさん、ひとり欧州連合状態。
「しかも作業速度が驚異的ですね」
「ね」
そこは俺も気になった。ゲミュートリッヒのモチーフになってるのが、白壁の城塞風景。ってことは、織り始めは少なくとも俺たちが壁を作った後だ。どんだけ前かはもう覚えてないけど、二ヶ月くらい前か?
布地にプリントした安物じゃあるまいし、こんな緻密で丁寧な織物加工が一ヶ月やそこらで作れるとは思えん。それも、料理長としての本業をこなしながら。
「この速度と精度、もしかして織物の機械でも開発したとか?」
「いえ。生活魔法の練習がてら、だそうですよ」
「おおぉ……」
「おいミーチャ、それは後にしてくれ。向こうに爺さんたちを待たせてるんだ」
ティカ隊長が魔法陣に乗りかけた姿勢のまま、困った顔でこちらを見ていた。
「すまん隊長、すっかり目的を見失ってた」
慌ててメナフさんに挨拶すると、俺もヘイゼルと一緒に魔法陣へと向かう。織物の話はまた今度、ティモさんの手が空いたときにでもお願いしよう。
◇ ◇
転移魔法陣で飛んだ先は、鉱山都市マカの領主館。こちらは領主の私室のようだ。執務室や応接室は公用でひとの出入りがあるからだろうな。ソファーでエインケル翁とサーベイさんが待ってくれていた。
「おお、ミーチャ殿」
「どうしたんじゃ? 遅いんで何か問題でも起きたのかと思ったぞ」
心配してた風なふたりを見て、ティカ隊長は男前に手を振る。
「問題なら起きてるし、これからも起きるさ。ひとつやふたつの追加は織り込み済みだろ?」
「それはまあ、そうじゃの」
「ミーチャ殿の活躍を聞いても、不思議と驚きはしませんでしたナ」
「お手数かけます」
自分が悪いわけでもないのに、こういう状況ではつい詫びてしまう日本人な俺。
「なーに、魔物を駆除しただけじゃ。ミーチャに非はないわい」
「ああ。あたしもそう思うよ。内陸のサーエルバン南方に水龍が現れるのも想定外なら、それをあっさり仕留めるのも想定外だけどな。そいつが農の里の紐付きだなんて、想定外にも程があるだろ。文句を言う方がおかしい」
「エルヴァラから苦情があったのですか?」
年長者への礼儀として、ヘイゼルは怒りも覇気も抑えているけれども。まだ感情は制御し切れていないのか、わずかに声が硬い。
つうか勘弁してくれよタリオ、ここで無礼なクレームなんて入れてたらお前、収穫前に焼畑農業することになるぞ?
「いいえ。領主間で使用される魔導通信器で届いたのは、水龍素材を破格の値で買い取るという打診でしたヨ」
「「「は?」」」
すいません、ちょっと意味わかんないです。とティカ隊長を見れば“あたしに訊かれても知らん”とばかりに肩を竦められた。エインケル翁は苦笑気味に首を振るだけ。ヘイゼルは理解している風だけど、なんか目が怖いので聞きにくい。
そんな俺に、サーベイさんが翻訳してくれた。
「自分たちが持ち込んだ魔物で被害を受けた方々への、お詫びと補償……のつもり、なんでしょうナ。家令から聞いたサーベイ商会での買い取り価格は、金貨六百枚ほどですが……」
「タリオの提示額は金貨三千枚じゃ」
俺的な概算で六千万円。こちらのひとにとっては億超えな感じか。まあ、破格ではある。それに伴って、サーベイ商会の買い取り価格も上乗せしてくれるそうな。ありがたいが、なんかモヤッとはする。
「なぜ、最初に高価買取なんでしょう?」
ヘイゼルの疑問に俺も同感。御説ご尤もではある。が、ここにその答えを持っている者は多分いない。
「言ったじゃろ。あやつは奇人なんじゃ。ひとの顔をしてひとの言葉で喋るが、ひとの心は持っとらん」
ひでえ。けど、なんかわかる。理屈を説明されたら納得はするけど、相手に通じてないコミュニケーション。どこか血が通ってない感じ。元いた世界でも経験はある。社畜の偏見も込みでだが、高度専門職に多かったような。
「こうなったら、俺とヘイゼルは会食の招待を断ります。足代の金貨は返そうと思いますが……」
「返却は不要じゃ」
「わたしとエインケル殿も、断りの連絡は入れたんですがネ」
「むしろ不手際の詫びとして、追加を送ってきよった」
“だからッ! なぜ、いま! その対応なんですか⁉︎”
ああ、わかる。わかるよヘイゼル。でもそれを俺に、念話でブチ切れられても困る。思わずビクッてなるからやめてくれ。隊長に怪訝な顔で見られちゃってるし。
不審な行動をごまかすついでに、俺は浮かんだ疑問を口にしてみる。
「収穫祭で手が離せないなら、なんで自分から、わざわざその時期に、会食など設定したんですかね」
「タリオは、やりたいことや思いついたことを、すぐ行動に移すんじゃ。予定も都合も関係なく、目先の願望を優先しよる」
子供か。つうか実際、メンタルは子供なんだろうな。無垢なる中年って、リアルだとグロテスクさハンパない。
「タリオに悪気はないぞ? 他意もないし含意もないが、そこに思慮もないんじゃ」
「いや、ダメだろ。なんでそんなのを領主にしたんだよ」
「俺もティカ隊長に同感ですね」
「奇人であろうと変人であろうと、タリオは農の里エルヴァラでは英雄じゃ。あやつを差し置いて領主になれる者などおらん」
タリオについて多くは知らない俺たちに、サーベイさんが簡単に説明してくれた。
「ああ見えて、農に関しては比類ない才能の持ち主ですからナ。かつて水路と魔珠と魔法陣を組み合わせた“マナ灌漑理論”で、アイルヘルンの……この大陸の農業技術に、一大革命を起こしたんですヨ」
「へえ」
「農の里による食糧生産は三倍近くにまでなってのう。その恩恵はエルヴァラのみならず、アイルヘルンの人口を大きく引き上げたんじゃ」
心の天秤で“あの馬鹿もうぶっ飛ばしちゃおうか”に振れていた針が、少しだけ“もうちょっとだけ様子見よか”に振れる。俺はそれでも良いが、ヘイゼルはまだ腑に落ちない様子。少し前までのブチ切れ状態ではなくなっていたが、どうやら彼女はタリオとは相容れないようだ。
「ここはエルヴァラと距離を置くだけで収めないか? “白猫でも黒猫でも、ネズミを獲るなら良い猫だ”ってさ」
言ってから拙かったかと後悔したが、もう遅い。元は中国の諺だったはずだが、有名なのはそこの政見だ。なんにしろ戯画的英国の使徒には受け入れられない言説だろう。
「耳触りの良い妄言ですね。実態はどっちつかずな者の言い訳……」
呆れたように首を振って、ヘイゼルは小さく息を吐いた。
「ですが、理想と心中するよりは、いくらかマシかもしれません」
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