混々たる混迷
ちょっとグダッた……後で書き直すかも
コルマー隊長が部下の衛兵を商会まで走らせて、サーベイさんの家令メナフさんに話を通してもらった。
この車で城壁内には入りたくなかったので助かった。荷物満載の大型トラックにトレーラー繋いだ状態で市街地を走るのなんて無理。正直、事故を起こす未来しか見えん。物損で済むならまだしも、人身だけは絶対に避けたい。
「ミーチャさん」
「あ、すみませんメナフさん、ご足労いただいて」
「いえいえ、水龍を退治されたとか?」
「あー、はい。たまたま、そういうことになりまして」
「たまたまで水龍は倒さねえよ」
詰所前で話していた俺たちの会話を聞いて、コルマー隊長がボソッとツッコミを入れてくる。そんなん俺もそう思うけれどもさ。実際たまたまなんだから、しょうがないじゃん。
素材の引き取りと買い取りはサーベイ商会で引き受けてくれることになった。
「お支払いは現金でよろしいですか?」
「ちょっと待ってください。受け取るのは、こちらのひとたちなので」
村から来ていた獣人男性たちに話を引き継ぐ。本当に良いのかと念を押されたが、問題ない。エルヴァラから受けた損害の賠償代わりだ。殺した後は解体から処理から全部やってもらったしな。
水龍という災厄に被災した彼らの状況をメナフさんに説明すると、できるだけ換金を急ぐと約束してくれた。商会から小型の馬車と作業員が派遣されてきて、早くも荷物の搬入を始めている。
ホッとした顔の獣人男性たちを見て、気になっていたことを尋ねてみた。
「ところで、落ち着いたらマカかサーエルバンに定住するって話は、どのくらい本気?」
「それは……」
彼ら自身の問題なんで、どちらでも構わないけど。あの村で暮らし続ける気がないなら。いずれ捨てる暮らしにカネを掛けるより、いま移住を決めてしまえば良いのにと思っただけだ。
サーベイ商会から買い取り金額を聞いてから考えても良いと思うけど、メナフさんに概算を聞いただけでも金貨五百枚を超えるとか。俺なんかは約一千万円と換算してしまうが、この世界のひとたちの金銭感覚では数倍だ。二十四人の定着費用としては問題なさそうに思える。
「どのくらいと言われても困るが、できるものならそうしたい」
「やっぱ、そうなのか。あそこの暮らしはなかなか厳しそうだもんな」
「自分たち大人は、まあいい。でも子供たちが飢えたり凍えたり病や災厄に苦しめられたりって暮らしからは逃れたい。できるものなら学も付けさせたい」
「受け入れの手続きは、すぐできますよ。というよりも、それでしたらお金はそれほど必要なかったのですが……」
助言してくれたメナフさんによると、サーエルバンには移住者に仕事や住居や教育機関などのバックアップを行う機関があるようだ。ゲミュートリッヒでも思ったけど、アイルヘルンって有形無形の公的扶助が手厚い印象。人材の流動性が高いせいか、あるいは有能な人材の定着に価値を見出しているせいか。
ゲミュートリッヒに勧誘しても良いんだが、あそこも楽しいながら実態は陸の孤島のワイルドライフだ。彼らの目指す方向とは違う気がする。
「もし身元引受人が必要なら、俺が」
「ミーチャの気遣いはありがたいが、保証は必要ないだろうな」
横で聞いてたコルマー隊長が、苦笑しながら手を振る。
「そいつらの身元なら知ってる。衛兵隊に、その村の出身がふたりいてな」
「へえ」
「どっちも真面目で有能だ。口下手で不器用だが、そこを含めて衛兵向きだな」
ちなみに、村むら言うてるが特に名前はないそうな。なにそれ。村の獣人たちに訊いても、みんな呼び方違うから気になってたんだけど。“新しい村”“東の村”“西北の村”“平場の村”“今度の村”……などなど。出身地までバラバラだから呼び方の統一すらない。
「いや、コルマーさん仮にも公僕でしょうに。何て呼んでたんですか?」
「ああ、“ちょい南の獣人村”とか」
「雑ッ!」
◇ ◇
水龍素材の搬出はサーベイ商会のスタッフに任せて、俺とヘイゼルはメナフさんと商館に向かう。トラックは荷下ろしの後で回収するとして、早くも事態は動き始めていた。
「ティカ隊長が来てるって、もう?」
「当初のお立ち寄り予定は明日でしたが、エインケル様からの緊急連絡があったとのことです」
調停役の依頼は、まずマカ領主に行ったか。そこからマカ滞在中のサーエルバン領主代行サーベイさんと協議して、ティカ隊長が巻き添えに呼ばれたと。
転移魔法陣での乗り換えに使用されているという商館の応接室で、ティカ隊長は優雅にお茶を飲んでいた。
「悪い、隊長」
「いいや、相手がタリオじゃ想定内だ。エルヴァラの衛兵と揉めたと聞いて、何人殺したかを確認したんだがな」
「殺してないよ、まだ」
隊長は呆れ顔で笑った。半分冗談なのは理解してるんだろうけど、半分本気だってことも理解してる。
「あたしもエインケル爺さんもな、たぶんサーベイの旦那もだ。アンタたちには感謝してるよ。今回は、敵対即殲滅ではなく落とし所を探ってもらえてな」
「……ああ、うん」
俺たち、敵は皆殺しがデフォルトだと思われてる。ほぼ事実なのでリアクションに困る。ヘイゼルに目を向けると、微妙に不安を煽る静かな微笑みが返ってきた。ティカ隊長に聞かせられる話か不明なので、俺は念話的な感じでそーっと尋ねる。
“……おい、大丈夫か?”
“ええ、もちろん。わたしは大丈夫です”
やっぱり、これアカンやつや。
ヘイゼルさんてば、やること済ませるまでは気持ちを切り替えてきてくれてたけど、一段落したいまになって静かにブチ切れてる。
“ですが、駄犬の権勢症候群を躾けなかった自分を悔いています”
“いや、わかるけど。タリオが、おかしいのは聞いてただろ?”
“ええ。どうやら甘く見ていたようです。借りがある側から遠路のご招待を受けて、許容したのは明白な間違いでした”
別に俺もエルヴァラがどうなろうと、タリオとの関係がどうなろうと知ったことではない。が、社畜であろうとなかろうと、社会人ならコストとメリットくらいは考える。
農の里と敵対して、利益と損害が見合うか。いつも通りに殲滅した結果が生かしておくより面倒だった場合、労力を掛けたところでマイナスしか産まないのだから丸損よりひどい。
“今後のことを考えれば、少しくらいの譲歩は必要なんじゃないのか?”
“いいえ。意識・無意識がどうであれ、目障りな示威行為への釘刺しがなければ、そもそも今後はありません”
合意形成に失敗。日本人の甘っちょろい“なあなあ”なんて、きっと異世界でも、そして自称冥界でも通用しないんだろうな。魔王レベルの過剰戦力を持った意思薄弱な元社畜なんて、傍から見れば歪で危なっかしい存在に見えるんだろう。あるいは、チョロそうなエサに。
“まずは対話だ。不用意に事を荒立てると、マカとサーエルバンを巻き込むことになる”
“ゲミュートリッヒは、自主独立が可能です”
いや、お前ら英国の欧州連合脱退で学ばんのか⁉︎
ヘイゼルがもたらす力は強大だけれども、俺たちが村に産毛が生えたような小所帯なのに変わりはない。ゲミュートリッヒが直面している最大の問題は味方が少ないことだって、前に自分で言ってたじゃん⁉︎
「どうした、ふたりで見つめあって」
無言でアイコンタクトを交わしていた俺とヘイゼルに、ティカ隊長が怪訝そうな顔をする。そこにロマンティックな要素はビタイチないので、そこを誤解している風ではない。
ヘイゼルは俺の考えていることを理解している。必要以上に理解した上で謎世界線英国アレンジをカマしてくるから油断できんのだ。
ここは押さえろ、紳士的に行けと俺は目で訴える。実態はともかく対外的には……少なくとも日本では紳士の国イメージなんだから良い子のフリくらいしとけ。
「隊長、俺たちだって、いつまでも鏖殺エンドじゃないぞ」
「そう……なのか? なんかこう……ヘイゼルの周囲にシャレにならんレベルの覇気が感じられるんだが」
そうね。彼女の魔力が謎の力で隠蔽されていなければ、いまごろ猛り立ったドラゴノボアみたいに噴き上がる炎が見えてるはずだ。
「問題ありませんよ、ティカさん。ミーチャさんとは既に合意に至っております。いままでの我々の行動では、アイルヘルンの平和を揺るがせる結果にしかなりませんから」
「お、おう……」
「わたしたちは過去を悔い改め、いまこそ前に進むのです♪」
「おう?」
隊長オットセイみたいになっとる。そして明るく応えるヘイゼルを見て顔はどんどん懐疑的になり、俺になんとかせいと目配せしてくる。ムチャ言うな。キレたヘイゼルの矢面に立つくらいだったら水龍ともうワンマッチするわ。
「かのバートランド・ラッセルも言ってます」
隊長は“誰?”て顔してるけど、イギリスの思想家だか哲学家だか活動家だか、マルチタスクな学者でノーベル賞作家だ。当たり前だよ知らなくて。
愛だか道徳だかを専門にしてるんじゃなかったかな、と安堵し掛けてた俺を見てブリテンメイドが微笑む。
「“戦争が決めるのは、誰が正しいかではなく、誰が生き残るかだ”と」
こいつ、微塵も悔い改める気ねえ!




