マッド・トラッカー
翌朝、試したところトラックの荷台だけで水龍素材は積載し切れないことがわかった。ヘイゼルが調達してくれたベッドフォードTM、英軍迷彩のデカいトラックなんだけどな。目算で全長十メートル近い大型。普通免許じゃ乗れないんだが、ここ異世界だしな。軍用装輪装甲車を動かしてるんだから、いまさらだ。とはいえ追加荷台を牽引するとプラス七、八メートル。異世界じゃなかったら、曲がり角で確実に事故ってた。
「ふたつなら載るかな?」
「おう、大丈夫だ!」
村の男性たち……というか女性もなんだけど、獣人なせいか体力と筋力がすごい。数十キロはありそうなデカい肉塊やら骨やらをヒョイヒョイと運んでは荷台に載っけてゆく。お手伝いしてる子供たちでも俺と大差ない荷物を運んでくもんだから、無力で無魔力な中年はいささか肩身が狭い。
「みーちゃーさん、何人か荷台に乗って良いか?」
「おー、そんじゃ頼もうかな」
解体した水龍は、皮やら骨やら魔珠やらの高額素材を前に、食肉など廉価部位を後ろの牽引荷台に載せた。簡単にキャンバスのカバーは掛けたけれども、幌はない露天の荷台なので走行中の落下やら損傷が気になるところだったのだ。何かあったときに見張りがいるのは助かる。
素材数を確認している男性に声を掛ける。
「素材の引き取りは、どこか当てでもあるの?」
「いや。冒険者ギルドに持ち込もうと思ってたけど、あそこ買い叩かれるんだよ」
なるほど。普段この辺りで狩猟採集する素材ならそれで良いかもしれんけど。ものが水龍ともなれば上手いこと扱えるところも限られる。
「それじゃ、サーベイさんの商会に頼んでみようか」
「みーちゃーさん、そんな大店に顔が効くのか?」
「ああ、前にちょっとね」
いまサーベイさん本人は領主代行の仕事で鉱山都市だ。家令というか大番頭というか、商会を切り盛りする現場責任者のメナフさんと話してみよう。
簡単な朝食の後で、男性陣三名に荷台の監視を頼んでサーエルバンに向かう。車高があるので運転席の位置が高いな。乗り込むというより、よじ登る感じ。ホイールのハブに足を掛け、手すりを掴んでなんとか運転席にたどり着く。元は民生品のトラックだから見切りは良い。というか垂直のフロントウィンドゥから前には何もない。ボンネットない車輌って、なんかヘンな感じ。
エンジンを始動すると、いままで調達した車にはない“現代っぽい感じ”はある。愛用してきたサラセンは戦後1950年代の製造、モーリスC8なんて第二次世界大戦中の40年代製だもんな。
「発車するよー」
「「おー」」
荷台のひとたちに声を掛けて、村のある平地からゆっくりと丘を登る。さすがに大排気量ターボディーゼルでパワーがあり、トルクも太くて走りやすい。ステアリングもペダルも軽くて運転は楽だ。そら半世紀以上前の軍用車輌と比べたらな。
稜線上に出ても、まだサーエルバンは起伏と木々の影で見えない。泥水のプールみたいだった場所は水が引いて地面が出ていた。轍や窪みに湿った泥が残っているだけだ。
ベッドフォードTMは軍用トラックだけに、タイヤは設地面の刻み目が深いオフロード用の大径タイプ。全輪駆動で多少のぬかるみなど物ともせず進んでゆく。派手に揺れるので荷崩れが心配だが、バックミラーで確認した限り問題はなさそう。荷台の獣人男性チームが楽しそうに揺られているのが見えた。
「大丈夫かとは思いますが、念のため左側に寄ってもらえますか?」
ヘイゼルが右側の藪を注視したまま俺に告げる。運転席側にいる俺の目には何も見えないが、何か注意を要する相手がいるようだ。
「敵?」
「ゴブリンです。水死した獣の死骸を漁っているようですね」
「へえ……邪魔そうなら撃っとくけど」
「いえ、逃げて行きました。もう問題ありません」
大型トラックの巨体と騒音に驚いたんだろう。俺が魔物だとしても、こんなもんが走ってきたら逃げる。
「次のカーブはキツいので、もう少し減速してください。牽引用荷台の連結部分は、ジャックナイフ現象を起こしやすいので」
「了解」
コーナリングで牽引側と荷台側が、「く」の字に曲がって動けなくなる現象だ。俺は大型免許なんて持ってないから、聞き齧った知識でしか知らん。できるだけ減速して、ゆっくり大回りする。そこから先は、比較的なだらかな直線が続く。
こじんまりした森と丘が連なった先に、サーエルバンの城壁が見えてきた。正門でアタフタと動き回っているのは衛兵か。
「さすがに、こんなデカい乗り物だと警戒するか」
「まだ攻撃してくる程ではないですね。ミーチャさんじゃないかとは思っているようです」
俺とヘイゼルがドアを開けて大きく手を振ると、アリンコのような人影が右往左往を止めた。
「ホッとした感じですね」
「よし、前進だな」
正門の詰所で、見覚えのある男性が手を上げながら苦笑していた。何度か会ってる衛兵隊長のコルマーさんだ。
「おお、ミーチャか。サーベイ殿なら、いまマカだぞ?」
「知ってます。商会に素材の持ち込みですね」
行って良いよ、な感じで通そうとした衛兵隊長はふと動きを止めて振り返る。
「……なあ。一応、念のために確認させてくれ」
「はい」
「昨日まで、この辺りが大荒れだったのは水龍が出た所為じゃないかって、言われてたんだけどな」
「はい。それです」
荷台の獣人男性がキャンバスのカバーを開けて、荷物を見せる。よりによって覗いたのは、半ば潰れた頭で牙を剥き出しにした水龍の頭部だった。
たっぷり十秒ほど水龍とにらめっこしたコルマー隊長は、ため息まじりで俺を振り返った。
「……ああ、うん。……そうだったな、お前ら」




