ブレイクダウン
「「「「も⁉︎」」」」
衛兵たちの叫びに、村の大人たちの声が重なる。知らんのか。当然、知らんのだろな。
「ああ。敵対してきた王国と聖国は首都を潰した。王も教皇も粉微塵になってめでたしめでたしだ。タキステナのオルークファも、領主館ごと吹き飛ばした。カーサエルデは領主が自分から殺されにきたから、望み通りに殺してやった」
まあ、ほとんどが俺ではなくヘイゼルの、そして英国軍の遺産による戦果なんだけどな。そこはカネ出したの俺だしと開き直ってドヤ顔を見せておく。
「……あ、あの」
「次は、エルヴァラ領主か。エルヴァラに領主館はあるのか?」
「いや、ちょっとお待ちを。あ、ああああなた、がたはゲミュートリッヒの……⁉︎」
「領主館がなかったら面倒なんだよな。どこまで潰せば意図を理解してもらえるのか読めん」
事前に知っていた情報から目の前のションボリ中年が何者か思い当たったのだろう。衛兵隊副長は俺の言葉にどんどん青褪めてゆく。
「さっさと帰ってタリオに伝えろ」
俺は平坦な声で告げる。すっかり気が変わった。いくら暇でも、こんなことする奴らの都合に合わせてられん。
「会談は中止する。俺たちは、お前らの駒ではない」
「お、お待ちください! 今回の件は、不幸な行き違いによる誤解です。その上で、我々は……」
「お前らがどう思おうと、俺たちには関係ない」
俺は相手の発言を遮って、能書きを一蹴する。ホント何様のつもりかと、苛立ちを隠しきれなくなっていた。
「しかし、たしかに誤解はあったようだな」
「……は、はい。ですから……え?」
「ゲミュートリッヒにとって、エルヴァラは、敵対こそしていなかったが、友邦ではない」
一語ずつ区切るように伝えると、エルヴァラの衛兵たちは顔色を変えた。敵意を見せることはなかったが、それはこちらが武装したままということもあるのだろう。一部の兵は不快感を露わにする。それも矢面に立たされていない位置にいる者だけ。こっちが見えてないとでも思っているのか、勝手なもんだ。
「ゲミュートリッヒはもちろん、俺たちの友邦である、サーエルバンと、マカ。及び、その周辺の生活圏に被害を与えるものは、それが何であれ問答無用で排除する」
今回の件についても同じだと念を押す必要はないだろう。衛兵たちの視線は、水龍の残骸に向かっている。彼らが注視するのは、弾き飛ばされ砕けた頭蓋骨。それでこちらの戦闘能力を思い知ったのだろう。反論はなかった。
「被害の原因を作ったことに対して、責任を問うことはないが、その結果について苦情は受け付けないし、補償もしない。受け取った支度金は、返して欲しければゲミュートリッヒまで取りに来いと伝えろ」
「ですが……」
「以上だ」
俺は手を振って失せろという意思をハッキリ提示し、衛兵たちに背を向ける。
せっかくの楽しい宴会が、揉め事で台無しになってしまった。
「ミーチャさん、ゲミュートリッヒに戻りますか?」
「いや、サーエルバンだな」
溜め息まじりに俺が言うと、ヘイゼルは頷く。敵対し続けることにメリットがないならば、どこかに落とし所を作る必要はある。それがどんな相手でも。好きでも嫌いでもだ。
スゴスゴと引き上げてゆく衛兵たちを確認した後で、俺は村の大人たちを振り返る。
「俺たちは、朝になったらサーエルバンに向かう。用があるなら送るけど」
「水龍の素材を売りに行こうかとは思ってた。でも荷物が多いんで、あの乗り物じゃ無理だと思うぞ?」
そらそうだな。水龍はちょっとした鯨くらいの巨体だ。いくら獣人が大食漢だろうと加工の手際が良かろうと、悪くなる前に消化するのは困難と判断したんだろう。ざっと見ただけでも、自家消費用と分けられた売却用の素材はトン単位。ショートボディのランドローバーの後席になんて絶対に収まらない。
「それは……まあ、どうにかするよ」
もうこの際、能力を見られるリスクは許容範囲だろう。ヘイゼルに目をやると、水龍の素材と加工中の食材を見て悩んでいる。英国的調達機能の一時保管区画に入れられるかと考えているのだろう。
「あそこまでキチンと加工されているなら、廃棄品と判断されることはないと思います」
「いや。良い機会だし、トラック買おうか」
いまは特に必要ないが、今後もヘイゼルの能力を見せたくない状況はありそうな気がしているのだ。
「でしたら、現在の在庫にベッドフォードTMという六輪駆動の軍用トラックがあります。必要でしたら、連結式の牽引用荷台も追加できます」
「それなら水龍の素材が載る?」
「トレイラーは複数の連結も可能ですから、載せるだけならいくらでも。後は何輌まで牽引可能かですね」
「そんな大量連結の輸送トレーラーみたいなことする気はないって」
ベッドフォードTMという車輌の諸元を見せてもらうと、よくあるボンネットのないタイプのトラックだった。1988年製というから購入したなかでは新しめ。8.2リッターのターボディーゼルエンジンで、二百馬力以上ある。トラック本体の最大積載量が十四トン。重量的には問題なさそう。あとは荷台の容量に収まるかだな。
アリエたちと出会った場所までは、五、六キロ。その先にあるサーエルバンまでは三十数キロ。トータルで四十キロ前後だろうから、いっぺんに運ばなくても往復すりゃ良いだけの話だ。
「そんじゃ、それ買っておいて。牽引用の荷台も、念のため一輌」
「わかりました」




