エルヴァラへの道
俺とヘイゼルは酒場の仕込みや引き継ぎを済ませてから、エルヴァラへに向かうことになった。車両を新規購入するか考えたけど、ヘイゼルの調達機能には特に欲しいものがない。どうせ買うなら長距離ドライブでも快適な、乗り心地の良い車。とはいえ在庫が基本的に軍用車両だけ、となれば無理な話だ。
いまある車両だと無装甲無蓋車両か、砲兵用牽引車両。ガチな戦闘は想定してないので、装輪装甲車はデカすぎ重すぎ大袈裟すぎる。砲塔無し戦車なんて論外、だけどひとり乗りバイクもオフロードを三百六十キロとか走るのは辛い。リアシートがないからヘイゼルをどう乗せるかも考えなきゃいけないしな。
うーん、帯に短し襷に長し。
「サイドカー付きのバイクとかは?」
「ノートンとBSA、ロイヤルエンフィールドがありますが……これで長距離移動は、なかなかの苦行です」
だよね。自分で言っといてなんだけど、そんなら車でいいじゃんと思う。
あーでもないこーでもないとDSDを検索していたヘイゼルが、急にパァッと笑顔になる。
「ミーチャさん、ウルフのショートボディが入荷されました♪」
「おお、タイミング良いな」
新入荷というのはつまり、元いた世界で遺失したということなので、無邪気に喜ぶのも不謹慎と思わなくもないが。それを言ったら俺も遺失物のひとつだ。
「ロングボディの武装強化型よりも軽量で、ファイバーグラスのハードトップが付いています。エルヴァラ周辺は雨が多いようなので、最適かと」
「よし、じゃあそれを買おう」
程度はそれなりで、値段も六千五百ポンドとそこそこ安い。アイルヘルンの流通金貨は約五万六千円ほどなので、タリオから受け取った金貨百枚だけでもお釣りが来る。
そろそろ飽和状態なので、アイルヘルンの金貨は異世界行きではなく現地の市場で消費しようと思っているが。
「こちらです」
「おお……」
なんかショートボディって、思った以上に小さいな。車体の横にスペアタイヤ付けるのはイギリス軍の伝統なのか。
「おお、ミーチャ。もう出掛けるのか?」
店の前に出した新しいランドローバーを見て、たまたま通りかかったティカ隊長が声を掛けてきた。彼女は転移魔法陣で向かうので、出発は会食当日になる。
「いや、明日の朝かな。新しい乗り物で、ゆっくり旅を楽しもうかと思ってる」
「そう上手くいくといいがな」
「やめて隊長。そういうこと言われるとトラブルを呼び込みそうだから」
笑うティカ隊長だが、さほど心配している風ではない。そういう俺もそれほど気にしてない。
ゲミュートリッヒからエルヴァラとの間に、さほどの危険があるとは思えん。みながみな友好的とまでは言わないが、敵対地域は含まれていない。魔物の数や脅威度も、要注意なのはアイルヘルン中央近くではなくゲミュートリッヒから西の外縁部だ。
「これは、前に乗せてもらった“らんどろーばー”の仲間だな? このキノコみたいのはなんだ?」
隊長はボンネットからフロントガラスの枠に沿って伸びるダクトを指す。たしかに最上部には、丸い帽子みたいのがついてる。
「ああ、それは吸気系浸水防止機能だ」
「しゅのーける?」
「河を渡るときなど、エンジンに水が入ると壊れてしまいますから、空気を高い位置から吸い込むようになっています」
「なるほど、面白い発想だ」
ヘイゼルの補足説明に、ティカ隊長は感心した顔で頷く。あら、すんなり受け入れてる。
「あの長い方の“らんどろーばー”に付いてなかったのは?」
「あちらは砂漠の……熱くて水の少ない地方で使われていた車輌なんです」
「そうか。シュノーケルは良い発想だが、吸気効率が下がる。まして暑い環境なら、負荷にしかならんからな」
「ご慧眼です♪」
少し話してわかったが、隊長もう車や内燃機関の基本構造は理解してる。というか、下手したら俺より詳しいかも。
特に頑張って勉強したとかではなく、ドワーフの鍛冶工房でエンジニア組の作業やら話し合いやらを覗いているうちに頭に入ったというから、さすがドワーフの理系脳というべきか。このひとマルチタスクにも程がある。
◇ ◇
「いってらっしゃいニャー♪」
「何かアれば、イつデも飛んデいくゾ。まあ、ミーチャたちを害スる者が、いルとは思エんが」
「お店のことは、ご心配なく」
「帰ってきたら、その“うるふ”も整備させて欲しい……」
翌朝、店番ガールズに見送られて、俺とヘイゼルはゲミュートリッヒを後にした。
「うっわ、これ運転すごい楽……」
「いままでは、車重のある大型車両ばかりでしたからね」
武装強化型と基本は同じ車なんだが、あちらは車重が三トン超え。それに比べてショートボディで武装なし補強材なしの90ウルフは一トン半ほど。市販の乗用車ベースSUVくらいしかない。
軽いというのが、これほど極端に加減速や操縦性を変えるとは思ってなかった。
「これは良いな。アイルヘルンの中心近くを通るなら、敵やら魔物が待ち受けてるってこともなさそうだし。これは快適な旅になりそうだ」
「……そう思いたいところですね」
ヘイゼルが苦笑しながら、フロントグラスの先を指す。
見ると、どんよりと黒い暗雲が、南東の地平線近くに広がっていた。




