始まるときと、終わるもの
「投降? カーサエルデ側から?」
「はい。領主間で使用される魔導通信器で、無条件降伏を通達してきましたヨ」
サーエルバン領主館の応接室。マハラの死体が運び出され、場所を移そうと俺たちは会議室に向かっていた。
その途中で領主代行のサーベイさんから獣人自治領の降伏を伝えられた俺は、いささか拍子抜けしてしまう。
相手に勝ち目があるとは思っていないので驚きこそしないが。精鋭投入でゴリ押ししてきたんなら、もう少し粘るか死兵になって嫌がらせの被害を与えようとするんじゃないかと思ってた。
「信用できるんですか? 油断させて潜入後に一矢報いようとかは」
「その備えはしますヨ。ですが、本心のようには見えますナ。現在カーサエルデで最上位の決定権者はスイミラ。以前マカでヘイゼル殿から一撃を喰らった若い人狼です」
サーベイさんの情報網によれば、そのときの傷は回復している。だが血気盛んな性格がパタリと影を潜め、怜悧な参謀タイプに変貌したのだとか。
なにそれ。昔は冒険者だったが、膝に銃弾を受けてな、って感じ?
ヘイゼルの釘差しが効いたか、と本人に目をやると微笑みとともに小さく首が振られた。
「今回の降伏は、間違いなくエルミちゃんたちが蹂躙した結果でしょう」
「当然の結果ダ」
「なのニャ♪」
ふたりの功績なのは間違いない。我らが抱っこ攻撃機はゲミュートリッヒからサーエルバンまでの道すがら、怪しげな一団を見つけて威力偵察を敢行していた。部隊のリーダーと思われる者を仕留め降伏勧告したものの、残敵が抵抗を続けたため全員を射殺。
その後ふたりは一団の編成と構成、装備と行動ルートから“獣人自治領”による侵攻と判断。彼らの意図と戦術を読んでルートを逆に辿り、協働する獣人グループを捕捉、各個撃破している。
「サラッと言うけど……スゲーな君ら」
「アいツらの行動は、単純ダかラな」
「地形も、上からだと丸見えだったのニャ」
そらまあ、そうだろよ。上空からの対応射程外攻撃を想定してるのなんて、過去に俺たちと交戦した勢力くらいだ。そいつらはほぼ生き残ってないし、生き残っていたとしても対処方法は多分、ない。
「カーサエルデの兵力は近接戦闘重視ですから、エルミちゃんとマチルダちゃんの敵ではないとは思います。ですが、それで一時間も掛かっていないのは凄いです」
「それな。ゆっくり目に飛んできただけかと思った」
「ゆっくり目に飛んできたのニャ」
君らのゆっくり基準がわからん。ヘイゼルに視線を向けると困った顔で首を振られた。
「わたしの体感ですが、ふたりの巡航速度は時速四百八十キロ近いです」
ガチな簡易軽攻撃機くらいの速力と機動力はあるのか。そら蹂躙されるわな。地べたを這う獣人たちには抵抗手段がないんだもの。
実際、降伏する者は膝を撃つだけにとどめたようだが、抵抗するグループはそのまま殲滅している。
「マハラを殺したことは向こうに伝わってる?」
「いいえ。ですが好戦的な後継者候補が全滅ですから、仮にマハラが健在でも同じことです」
リーダーを失い烏合の衆に成り下がった雑兵どもは戦意を喪失した、あるいは心の折れた参謀青年の説得で降伏するに至ったわけだ。
それで助命されると思ってるなら、ずいぶんと都合のいい話だとは思うけどな。
「ミーチャさん、どうされます?」
ヘイゼルに尋ねられたが、俺たちに関して言えば話は終わっている。
「どうもしない。後は、エインケル翁やサーベイさんたち領主の決めることだ。俺たちは手を引く」
ヘイゼルは頷く。エルミとマチルダも、特に異論はないようだ。俺も彼女たちも、カーサエルデに敵対心や憎しみを持っているわけではない。さらに言えば、さほどの関心もない。
俺たちがエインケル翁とサーベイさんから依頼された用件は、王国に囚われた替え玉王女の奪還。今回の呼び出しは、アイルヘルンの商路破壊工作への対応。そのどちらも、無事に済ませた。
これからソファルをアイルヘルンの傀儡にするとしても、残党掃討のため王国に攻め入るにしても、いまのところ俺たちとは関係ない。関わるメリットも意欲もない。
会議室に場所を移しはしたものの、現状と今後の報告、そして俺たちへの謝礼の引き渡しで終わった。
「お世話になりましたナ」
「また邪魔させてもらうぞ」
領主と代行ふたりから礼を言われ、金貨を山ほどもらった。そろそろ全額を英国的異界に送り込まず、友好的商圏に回さなければいけない気がしてきた。具体的には、いまのところゲミュートリッヒとサーエルバンとマカ。貨幣という血流の循環を止めては、自分たちの将来まで狭めてしまう。
ノックの音がして、事務方らしき女性が訪を入れてきた。すぐに招き入れられたのは、シンプルなドレスを身に纏ったソファルだった。
「失礼いたします。ミーチャ様がいらしているとお聞きいたしまして」
スッと伸ばされた背筋に、穏やかな笑みを湛えた美貌。華美に着飾ってもいないし装飾品もない、俺にはよくわからんが化粧もほぼない、ように見える。それなのに輝くばかりの力を感じる。“体内魔素”に似てはいるが違う。王気の片鱗と言われれば、そうかなと思ってしまう静かな圧だ。
思わず固まっていた俺に、ソファルが小さく首を傾げる。
「どうされました?」
「……いや、見違えたな。どこかのお姫様みたいだ」
「ミーチャさん、言い方を考えましょうね」
動揺して二重に意味わからんコメントを言ってしまった。背後からヘイゼルにツッコまれてしまう。
ソファルは怒りも笑いもせず、真っ直ぐ俺を見た。
「ええ。そうなると、決めましたから」
王国の王位後継者として、立つことを決めた。楽なわけがないし、何事もなく済むわけもない。気が遠くなるほどのカネと時間と労力と人の命が費やされることは間違いない。それでも彼女は決めたのだ。
「……そうか」
俺には、他に返す言葉もない。手を貸すと言うのは間違っているし、がんばれとか無責任に応援するのも違う気がした。ここから先は政治の話。しょせん俺には無縁な世界の問題だ。
「ミーチャ様には、そして皆様には、本当にお世話になりました。ですから、どうしてもお礼を伝えなければいけないと思ったのです」
「そうか」
俺は所在なく、同じ言葉を繰り返す。信長か。
ソファルは微笑み、わずかに息を吐くと表情を変えた。背筋が伸びて、静かな気迫の色が変わる。穏やかな笑みを浮かべたまま、目と表情が冷える。そこに現れたのは、もうアーエル領主の孫娘ではなかった。
「この御恩は、決して忘れません」
王女クレイメアとして、彼女は俺に言った。
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