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剣と魔法とステンガン ――ゴスロリなショップ機能(英国面強め)で目指せ優雅なスローライフ!――  作者: 石和¥
傀儡姫と茨の輿

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腰抜け戦線

 “獣人自治領カーサエルデ”の若き人狼、スイミラは苦り切った顔で(うめ)いた。


「参謀殿、ご決断を」

「ご決断を!」


 鬼気迫る顔で詰め寄ってくるのは筋骨隆々のクマ獣人と虎獣人。どちらもスイミラの父親に近い年齢だが、雛のように揃って口を開けるだけ。自分の頭で考えることを拒絶している。

 どういつもこいつも。いつだってそうだ。

 決断もクソもあるか。命令も聞かぬ、戦術も覚えられぬ無能どもが。怒鳴りつけたい衝動を、スイミラは必死で抑える。

 カーサエルデの戦力は、烏合の衆であって兵ではない。いかに慎重にことを運び、どれだけ厳重に集団行動を命じていても。(とき)の声を聞いたら、そこで(しま)いだ。走り出せば何も見ず聞かず、血に酔って殺し尽くすか自分が殺されるまで止まらない。


 カーサエルデの最精鋭百四十、とはいえ実態は個人の武勇頼み、膂力(りょりょく)頼みの力押し。単純単調な獣人の肉弾戦に付き合ってくれる敵など、せいぜいが人間の重装歩兵だけだ。

 今度の敵は、通用する相手ではなかった。黒い翼の空飛ぶ魔族と、その魔族に抱えられた獣人の魔道具から降り注ぐ金属製(かなもの)の雨に。

 自称・精鋭部隊は、なす術もなく逃げ惑い、壊走するしかなかった。


「部隊長はどうした」


 スイミラは傍らの通信兵に尋ねる。大きな旧式の魔導通信器(マギコミュニカ)を持ち込んで相互連絡を密にしようという計画は、事前に各部隊長から散々な物言いで嘲笑われ拒絶された。最後はカーサエルデの長マハラからゴリ押しさせることで受け入れさせたのだ。

 当のマハラ自身も、重要性はまるで認識していなかったようだが。


「アカハ隊、カヌラ隊は突撃の連絡を最後に、通信途絶。エミエラ隊、半壊。撤退の許可を求めています」

「最寄りの制圧集落までだ。単独行動は厳禁と伝えろ」


 すぐに受諾の返答を受けたが、怪しいものだ。現地の通信兵が受諾したところで、部隊長が無視してしまえば意味がない。通信兵に発言力のある古参戦士を付けるべきなのだろうが、それを受け入れる古参などいない。


「コハバ隊、ヌイデテラ隊、壊滅。戦闘不能、ですが……」

「どうした」

「カーサエルデの誇りを、示すと」


 突撃したわけだ。手も届かぬ敵を相手に。まさに天に唾するとは、このことか。死ぬのは勝手だが、その結果を背負わされる身にもなってみろ。

 カーサエルデの獣人たちは容易く殺し、容易く死ぬ。誰の命も省みない。

 命の軽さは群れの軽さ。領の存在の軽さにつながる。いつまで経っても勝手な動きや無思慮な独断、不協和音が止まないバラバラの集団を取りまとめなければいけない虚しさに、スイミラは溜め息を吐く。

 自分も、同類だった。ほんの少し前まで。誰よりも血気盛んで、誰よりも強く勇敢で聡明な、つもりだった。


 ――鉱山都市マカの領主館で、“魔女”に膝を砕かれるまで。


 あのとき、魔道具に貫かれた膝はカーサエルデの呪術者により回復したが、スイミラのなかに迷いを生んだ。人狼としての誇りを、勇猛さを奪った。

 それが良かったのか悪かったのか、わからない。目の前にある現実が、違って見え始めたのだから。


 元々、スイミラは頭脳に秀でていた。カーサエルデのなかで群を抜く秀才。成人直後に留学した学術都市タキステナでは凡庸の域を出ず、世界の広さを知っただけに終わったが。

 あの日、あのとき。砕かれたのは膝ではない。己が(おろかさ)だ。

 不自由な身で行き場もなく、無為に書庫を漁るうち、(もう)は自ら(ひら)かれた。

 死に急ぐ古老に惰弱と(わら)われ、書類で戦に勝てるかと文盲に貶められるたび、危機感が胸に迫ってくるようになった。カーサエルデの人口推移だけでも、それは明白だった。字が読めさえすれば、誰にでもわかるほどに。

 獣人自治領で暮らす獣人たちの総数は記録さえないが、五千に満たない。七割が十五歳以下の未成年で、出生数は年に三百前後。その時点でおかしい。致命的におかしいのだ。

 成人後の寿命は、およそ()()

 そこを生き延びた少数の強者が、カーサエルデの中枢に座る。自らの成功体験を、武勇と自殺的突撃を手本として下に伝える。獣人自治領に自治はなく、領は滅びの際にある。もしくは。

 もう、滅びている。


「スイミラ殿! どうなっているのです!」


 駆け込んできたのは、白い服に甲冑を着込んだ男。僧兵部隊を率いる自称“聖国の使者”。白装束と頭の剃髪痕を見る限り聖職者の端くれではあったのだろうが、実態は死に損ねた聖国の敗残兵だ。


「どうにかしてもらいましょう! 我ら()()コムラン聖国の威光なくして、蛮族の地アイルヘルンを平定することなど不可能なのですぞ!」


 そうだ。カーサエルデの長マハラは、聖国の生き残りと手を結んだ。サーエルバンを、ゲミュートリッヒを滅ぼすためだけに。侵攻部隊を送り込む装備と補給を、わずかなカネと荷馬車を手に入れるためだけにだ。

 なんと愚かな。


「どうにか、ですか」


 汗だくでがなり立てる使者を見て、スイミラは剣を取る。


「魔族を止めるのは、聖なる者の役割なのでは?」

「なッ」


 憤怒で赤黒く染まった元僧兵の顔を見据えながら、あまりに脆弱な威圧を笑う。あのとき“魔女”の放った暴風に比べれば、微風(そよかぜ)ほどにもならない。

 スイミラはひと振りで、使者の首を()ねる。後ろに控えた護衛が反応するよりも早く、次々に首を斬り飛ばした。崩れ落ちる元・聖国人たちを見て、クマ獣人と虎獣人の老兵たちが息を呑む。


「カーサエルデで、無能に発言の権はない。弱者に生きる資格もない。……違ったか?」

「「……」」


 視線に圧を込めると、目に見えて怯え始めた。こいつらも自分を、小賢しい弱者と侮っていたか。あるいは、単なる愚者の思考放棄か。まあいい。


「……参謀、殿」


 ひと足早く硬直から脱した通信兵が、スイミラを見る。血に染まった剣を手にした上官を、恐怖と困惑を()()ぜにした顔で。

 これは無意味で、無価値で、勝ち目のない戦い。カーサエルデを守るためには、すべきではない出兵。そんなことは最初からわかっていた。でも同時に、これは。

 ()()()()()だ。


「全部隊に通達。武器を置け。我々は、降伏する」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 学の無いゲリラ相手にCOIN機が如何に凶悪か判る、厭な事件でしたネ!(既に過去形) いかに蒙を啓いたとは言え、参謀殿はこれから大変でしょうな。外の敵の方が内の味方より当てになるなんて、社…
[一言] (*ゝω・*)つ★★★★★
[一言] 確かパキスタンやアラブ各国から送り込まれるタリバン義勇兵が平均2〜3年 第二次大戦末期のドイツ戦闘機パイロットと同じくソ連の戦車随伴歩兵が平均2週間だから結構持つ方かなと(苦笑)
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