ソファルのエスケープ
「知ってたんだ」
「そうね。クレイメア王女と会った記憶も、朧げながらあったし」
四歳といっても獣人の血を引く人間は成長が早い。物心つくのが、早い子で二歳くらいだという。
周囲の会話から、自覚がないことこそ求められる役割だと察した彼女は、自らを王女として生きてきた。故郷アーエルのためになると信じて。だがアーエルが攻め滅ぼされ一族が皆殺しにされて、それも無意味と悟った。
「報復を行うために、まずは生き延びるのが先決。だからお飾り王女を演じてきたけど」
亜人を“愚かな劣等種”として、亜人の多い地域を直轄地として求めた。奴隷化する政策をゴリ押しし、資産として認めさせることで無益な殺傷を禁止させた。目的のためには名より実を取る。この子は案外、政治向きなのかもしれない。
アーエルでチンピラのルイクが言ってた、“王女は亜人討伐の急先鋒”とかいう誤解の元はそれか。
「あなたは、アイルヘルンの兵?」
「アイルヘルンに住んではいるけど、兵じゃないな。ふだんはゲミュートリッヒで酒場を経営してる」
ワケがわからない、という顔をされた。それもそうだが、事実なので俺に言われても困る。
「マカ領主とサーエルバンの領主代行に雇われた。彼らに依頼したのはサマル。いま外の乗り物で待ってる。一緒に来るか?」
「行き先は、アーエル?」
「とりあえずは、ゲミュートリッヒだな。雇用主たちが待ってるから、その後の希望があれば可能な限り応えてくれるはずだ」
「わかった。お願いするわ」
アーエルの領主館でサマルを拾ったこと、同じく逃げそびれた老メイドとメイド見習いふたりも同行していることを教える。おそらく、知っている相手だったのだろう。それを聞いて、ソファルの表情が緩んだ。
減音器仕様の短機関銃を構えながら、俺はソファルをエスコートする。塔の階段を降りてゆくと、隠れていた連中は消えていた。途中に転がっている死体を見て、俺の持つ武器の威力を知ったのだろう、ソファルは怪訝そうな顔をした。
「その魔道具も、あなたも。障壁発生装置の影響は受けないの?」
「銃は魔道具じゃなく、ただの武器だ。それに、俺は特殊な体質でね。魔力を持たないんだ」
「……そんな生き物が存在するなんて」
やっぱり生き物レベルで珍しい存在なのか。想像以上に驚かれて、少し凹む。まあ、いいけどさ。
外に出る前に邸の方を確認。ひとの気配はなかった。いまのところ息を潜めている風でもない。上空警戒中の抱っこ歩兵支援機が低空で旋回しながら、大丈夫という感じで手を振ってきた。
「よし、行くぞ」
「ちょっと待って、ラングナス公爵は」
「さあ。俺たちが数日前に王城を吹っ飛ばしたんで、そこに巻き込まれてたら無事に、死んでる」
「だとしたら素晴らしいわね。ある意味では、厄介でもあるけど」
わかりやすい首魁ではなく、有象無象が動き始めるということか。実際イラクとかでも、戦争の泥沼化は主敵を倒した後だったもんな。
「ヘイゼル!」
「こちらです」
敷地の外まで来ると、小さな林の前でツインテメイドが手を振る。木陰にエンジンを切った装輪装甲車が停車しているのが見えた。
「姫様は連れてきた。すぐに脱出するぞ」
後部ハッチを開いて乗員を降ろし、車両を収納すると代わりに汎用ヘリを出した。再会を喜んでいるのも束の間、すぐに上空からエルミとマチルダが舞い降りてくる。
彼女たちの表情を見る限り、ゆっくりしている暇はなさそうだ。
「ミーチャ、急いだ方が良いニャ!」
「南東方向から、増援が向かっテきてイる」
マチルダの指さす方に、松明か何かの明かりがちらほらと見えてきていた。距離はまだ、かなりある。どこのどいつか知らんけど、用は済んだのだから相手をする意味はないな。
「みんな、後ろのドアから入ってくれ」
「……なに、これ」
「ただの乗り物だ。急いで乗ってくれ」
ヘリの巨体を前に固まっているソファルを促して、俺たちは全員を搭乗させる。ヘイゼルは操縦席、副操縦席にはエルミが座る。非戦闘員組は後部座席に固まって座らせ、絶対に立ち上がらないこと、扉には近付かないことを厳命した。
後部扉の脇にある外部銃座を指して、マチルダに声を掛ける。
「そいつは操作できるか?」
「MAG汎用機関銃ナら問題なイ、前に教わっタ」
「頼む。狙える角度が小さいから、可能な限りでいい」
エンジンが始動し、回転翼が回り始める。後部座席のひとたちは誰もが恐ろしげな顔をして固まっていた。往路で経験したとは言っても、彼らにとっては空を飛ぶこと自体が異常事態。恐怖そのものなのだ。
俺だって好きこのんで体験したいものではないが、いまの状況で他の選択肢はない。
「シートベルトを着けて。そこの帯だ、カチャッと音が鳴るまで差し込む。そうだ」
「なにを、するつもり……なの」
これから何が起きるのか理解していないソファルを、メイド見習いたちが痛ましげな顔で見る。アドバイスか慰めか、何か伝えようとしているようだが彼女たちも余裕などないのだ。
「で、でん、か……あの……」
ローターが起こす騒音に掻き消されれて、小さな声などソファルの耳には届いていない。
「ああぁ、神様どうかわたしたちをお守りください……」
「お許しください悔い改めます決して二度と……」
メイドとメイド見習いたちは、涙目でお祈りモードに入ってしまった。
彼女らが経験した最初のフライトは、生き延びられた安堵とその後の混乱で訳がわからないままだったようだが。いっぺん地ベタに足を着いてしまうと空を飛ぶ不自然さを痛感するようになる。その恐怖体験を、再び経験するのだ。おまけに、外は夜の闇。わずかな明かりで状況もわからないまま空に舞い上がる不安感ときたら俺でも股間がキュンとなる。
「ど、どうしたのよ。ねえ、これから何を……」
「飛ぶ!」
「……えッ⁉︎」
俺が伝えると同時に、エンジンとローターの音が高まる。ふわりと臓腑を揺らすような浮遊感があった。開いた扉の先にあるのは、呑み込まれそうな闇だけ。何が起きているのかわからないという顔で、ソファルはシートに縋り付いた。
「ちょ……、待って、嘘でしょ……」
「大丈夫ダ、こイつは、まダ、落ちたコとは、ナい!」
やめろマチルダ。めっさ楽しそうに言うてるけど、それ全然、笑えないから。
「どんなことにも初めてはあります」
機内通話用のヘッドセットから、ヘイゼルがポソッと呟くのが聞こえた。幸い、聞こえているのは俺とエルミとマチルダだけだが。俺たちが乗っているリンクス汎用ヘリコプターは本来、夜間飛行は禁止されているのだそうな。
それは聞きたくなかった。さすがに俺でも笑えない。
「「「ぎぃやああああぁああぁッ⁉︎」」」
後部座席のガールズが上げる甲高い悲鳴を聞きながら、俺たちは夜の空へと飛び立った。
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