穿孔の獣
サラセン装輪装甲車に乗り換えて、俺たちはラングナス公爵家の別邸を目指す。そこにはクレイメア王女――替え玉であるアーエル領主の孫娘ソファル――が囚われている。汎用ヘリと違って装甲の厚いサラセンなら、全員を守りながら長時間、目立つ的となって敵の攻撃を引き受けることも可能。
その間に、俺が邸内に潜入して王女の替え玉を奪還してくるわけなんだが……正直そちらの方が不安要素だ。
「問題ありませんよ。戦闘能力を持った者は、ほぼ邸外です」
「それは聞いたけどな」
「困ったときは、呼んでくれたら助けに飛んでくニャ!」
「それは、ありがたい……けどエルミもマチルダも入って来れないだろ?」
障壁発生装置とかいう魔道具の強制力と効果の程は知らんが、魔力を持つ者の侵入を感知して、攻撃魔法を起動するというからガールズはほぼ無理だ。
「大丈夫ダ。上空デ、外周を旋回しナがラ、敵を殲滅すル」
「屋外に出てきてくれたら、追手はみーんな引き受けるのニャ♪」
邸内で単独行動なのは変わらないが、いざとなれば上空支援を受けられると知って少し気が楽になる。
車輌を街道に乗り入れてすぐ、ヘイゼルがこちらを振り返った。
「前方から騎兵が来ます。軽騎兵が三」
「ワタシが、前部銃座で仕留めルか?」
「いや、減音器付きの短機関銃を試射したい。マチルダは後部銃座を頼む」
俺は前部銃座に上がって、ステンガンのボルトを引く。安全圏からの攻撃だが、事前調査のため慎重に狙う。公爵別邸内にいる人間が武装していたとしても金属甲冑ということはなかろう。革鎧にどれだけ効果があるかわかれば、心構えも違ってくる。
「止まれ! 貴様ら、半獣どッ」
こちらを罵る言葉の途中で、先頭の兵士が固まる。バスッと軽い銃声とともに発射された亜音速弾は二発。胸甲は抜けたようで、被弾した兵士はほぼ即死。転がり落ちて動かなくなる。
「……ッ!」
すぐに反応して散開しながら突進してくる騎兵二名を、慎重に狙って射殺する。射撃の腕がお粗末なので二十発近く使ってしまったが、平均三、四発で無力化は可能のようだ。興奮状態では被弾後にしばらく動くこともあるはずなので、必ずとどめの一撃を加えるようにしよう。今回は単身での潜入だから、弾薬を惜しんで生命を取られるなんて洒落にならない。
「よし、もう大丈夫だ。エルミ、前部銃座代わってくれるかな」
「わかったニャー」
街道上に敵影が増え始める。侯爵別邸までは、阻止線も敷いてあるはずだ。ここまで目立つ巨体だと、敵はどんどん向かってくるだろう。それを残らず薙ぎ払い蹴散らした後で、いよいよ俺の出番だ。
やるときはやるんだって、少しは良いとこ見せないと。
◇ ◇
公爵別邸を守る警備部隊長は、夕刻の定時連絡を受けて夜間巡回の準備に入っていた。
「副長、兵たちの規律が緩んでいる。早急な引き締めが必要だ」
「はッ」
部隊長も副長も、理由はわかっていた。王国内の政治対立が激化して、兵士たちも浮き足立っていたところに王城倒壊と国王崩御の報告を受けたせいだ。動揺しているのは彼らふたりも同じだが、軍組織としてそれを許容するわけにはいかない。亡国の危機は目の前にあり、いまも進行しているのだ。
今朝早く、敵対勢力が王都に向け南下しているとの情報を受けていたが、その後は通信が途絶えている。
得体の知れない魔道具を大量に使用する亜人集団。なかでも“巨大な空飛ぶ魔道具”というのは、王都に襲撃を行い王城を崩壊させたという目撃情報と合致する。
攻撃能力も問題だが、さらに問題なのは三、四時間で王国を縦断する移動速度だ。報告された日時を否定するならば、空飛ぶ魔道具が複数存在するということになる。
どちらにしても、警備・防衛部隊としては悪夢でしかない。そんなものが公爵別邸に攻め込んできたら、軽装の警備部隊だけでの対処は困難だ。少しでも被害を減らし危機察知に努めようと敷地内で幕営を分散し、魔導師を中心にした即応編成に移行しつつあった。
「巡回中に“水を叩くような騒音”を耳にしたら誰何は不要、即座に攻撃魔法で対処するように……」
「隊長! 妙な唸り声が」
副官にいわれて耳を澄ますと、遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。部隊長は天幕から出て音のする方に目をやる。薄闇の奥に光を放つ魔物のような巨体が移動してくるのが見えた。
魔道具と思われる物体……ではあるが、地を這うばかりで空を飛ぶ様子はない。
「敵襲! 魔導師隊! 攻撃魔法、用意!」
巡回に備えて整列していた魔導師隊が詠唱を開始するのが聞こえたが、それが急にぱたりと止む。
「なにをやっている! すぐに攻撃魔法、をッ」
しぺぺん、と奇妙な音が鳴って、魔導師たちの方へと向かっていた副官が崩れ落ちる。
「……おいッ!」
倒れた副官の腹には、小さな穴がふたつ。ピクリとも動かない身体から、地面に血溜まりが広がってゆく。
「敵襲! 総員戦闘配置!」
部隊長の叫びに反応する音はない。それは異常事態だった。幕営周辺には夜間警備の人員が三十近くいるはずなのだ。
部下の兵たちがいる天幕に向かうと、そこには妙な甘い臭いが漂っていた。
嗅いだ覚えのない、薬品のような、何かが焦げたような臭気。何かが燃えた……にしては火の気は感じられない。
何も聞こえてはこない。何もだ。直前まで巡回の準備を進めていたはずの部下たちも、物音ひとつ立てずに倒れたまま動かない。
馬は生きているようだが、直立不動で硬直したままぷるぷると震えていた。周囲の状況に動じないよう育てられた軍馬だ。龍の群れに囲まれでもしない限り、こんな反応はしない。
「……いったい、なにが……」
遠くで戦闘音と雄叫びが上がっていた。弾けるような音が連続して響く。地を這う魔物の周囲で火花が上がっているのは見えたが、状況は不明。小さな火花が散るごとに悲鳴が上がって怒号が減ってゆく。
きっとあれが、王都の衛兵から報告があったという、“肉を喰い千切る礫”だ。
薄闇の先で音が途絶え、奇妙な静寂が広がる。そんなはずはない。九十名の兵士たちが揃って動きを止め口を噤む状況など、壊滅の他にありえない。
敷地内三ヶ所に分散配置した兵たちは、九十余名。たかが私邸の警備に総勢百二十五名は過剰戦力だと誰もが思っていたというのに。
「……ああ、もう最悪だな」
平坦に響く声に、部隊長は振り返る。闇のなかから姿を現したのは、のっぺりした顔の男だった。
「なにッ?」
「警備を迂回するつもりが、わざわざ本陣に突っ込んじゃったか」
何をいってるのかわからないが、何の緊張感もない口調からはこちらを敵とも思っていないのが感じられた。
振り抜いた長剣は空を切り、男は距離を取ってこちらを見る。何か黒い棒が突き出された。届きもしない距離で。部隊長が剣を切り返すのよりも早く、その先端が小さな火を吹く。
「……ッ⁉︎」
ぐらりと足元が揺らいだ。地面に倒れたのだと、何らかの攻撃を受けたのだと、混濁する頭で理解した。痛みはない。苦しくもない。ただ胸の中心が、ひどく熱い。
男は死んだ魚のような目で部隊長を見下ろし、黒い棒を向けながらボソッと呟く。
「くりあ」
その声を最後に、部隊長の意識は途絶えた。
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




