街道を降る
装輪装甲車は森のなかの獣道を抜けて、再び街道に戻った。
周囲に敵の姿はなく、藪と森と林を縫って起伏の激しい田舎道が延々と続く。
アーエルから離れたら汎用ヘリに乗り換えようと思っていたのだが、まだ適当な場所は見付けられていない。平地が少ないうえに回転翼を痛めそうなツタやら雑草やら低木が多く、ヘリの離陸には不安があった。
「後ろのみんな、気分が悪くなったら言ってくれ」
「「「はい」」」
サマルに同行してきたのは、領主館から逃げそびれた老メイドと、メイド見習いがふたり。当然ながら戦力外だが、置き去りにしたら死ぬのは確実なのでヘイゼルの判断で連れてきたらしい。
それは想定内なので問題ない。装輪装甲車も汎用ヘリも乗員以外の定員は十名前後なので乗せるのにも支障はない。
問題があるとすれば戦闘に巻き込まれることくらいだが、それは彼女たち自身が全く問題ないと断言した。
「わたしたちは、いままで領主ノマン様に大恩を受けてきました。それをお返しする前に身罷られました。この御恩は、忘れ形見のソファル様にお返ししようと」
また知らん名前が出てきたが、文脈からして王女クレイメアの替え玉になった少女の本名か。アーエル領主ノマンの孫娘で、人狼の血を引く混血。
「……もしかして、君らも?」
「「はい!」」
その人情語りを老メイドが言うのはわかるが、メイド見習いの子供まで倣う必要はないんじゃないかな。
彼女たちの事情に口出しする気もないし、その余裕もない。どのみち途中では降ろせないから、最後まで付き合ってもらうしかない。
「サマル、アーエルから王都まではどのくらいある」
車を走らせながら、俺は振り返って尋ねる。アーエルの経済を陰で支えてきた、領主ノマンの御用商人。彼の怪我はエルミの治癒魔法で完治し、もう包帯は外されていた。
魔導通信器でエインケル翁とサーベイ氏に連絡し、サマルの確保と王都行きは伝えている。サマルが話すのも聞こえていたが、王女奪還に関しては何があっても果たすと決意しているようだった。
“すべてを利益だけで判断する守銭奴”だと聞いていたんだけどな。
「このまま南下すると三百キロ強ほど。馬だと七日から十日ですが」
この街道は、途中で塞がれている可能性が高いと。
「塞がれてる、というのは王国軍の阻止線が敷かれている?」
「いえ、いまの国軍は、兵を配置したままにできる余力がありません」
では文字通り、途中のルートを“塞いで”いるという意味か。いまのところ、それらしいものは見えない。
崖を通る隘路。山に挟まれた渓谷。河に掛かる橋。王国内を軍勢が移動する上でボトルネックになる部分は決まっているらしく、王国軍は積極的にそこを通行不能にしていたそうだ。
宰相率いる議会派の進攻を止めるために。
「その場合の“王国軍”は、王党派になるわけだな」
「ええ。兵は政治で王家を支持していたわけではないですが」
王都から遠く離れた地で孤立した王国軍は、いまや敗残兵として討伐されるか投降するかの選択を迫られている。ちなみに投降しても、相手次第では殺される。かつての国軍が、落武者狩りみたいな状態になってるわけだ。
一部の部隊は兵士を現地雇用するため犯罪組織や溢れ者に金を撒いたらしい。巻き返しを図ろうとしたのだろうが、無駄に資金を失い、治安を悪化させただけに終わっている。
「それは、ルイクみたいな連中か?」
案の定、俺の言葉でサマルの顔色が変わる。ルイクとその一党は、かつてアーエルで自警団を名乗っていた若者グループなのだそうだ。能力や素行が悪く衛兵に採用されなかった彼らは、故郷が軍に包囲された途端アッサリと逃げ出し、錦の御旗に擦り寄ったわけだ。
「……最低だな。思ってたより、もっとずっとひどい」
「あの馬鹿どもが何か、しでかしましたか」
「王女を殺すって息巻いてたな。向かってきた者は殺したが、そのなかに本人はいなかった」
「……申し訳ありません」
スッと無表情になったサマルは、なぜか俺たちに頭を下げる。領主の御用商人とはいえ、さすがに彼の責任ではないはずだが。
「わたしは、連中を更生しようとしたのです。穀潰しは、不経済ですからね」
上手くいかなかったわけではないらしい。アーエルは経済も治安も、王国で一、二を争うほど安定していた。
亜人の隆盛を嫌った中央から、“叛乱討伐”の触れが来るまでは。
アーエルの経済を掌握していたサマルは、領地の凋落を自分の恥と感じているようだ。
個人的なサマルの第一印象は、いわゆる守銭奴とは少し違っていた。
「若く愚かな者たちは、“真の愛国者”という扇動に酔ったのです。それこそが、議会派の思う壺だというのに」
それは……まあ、わかる。国士気取りでイキッてる間だけは、惨めな人生を忘れられるからな。
利用されて破滅に向かう情弱は、どこの世界にいるわけだ。
「最初に言っておくけど、俺たちは王国の内戦に加担しない。目的を果たすための障害を排除するだけだ」
もちろん詭弁ではあるけれども、どちらの事情にも深入りする気はないと釘を刺す。
変に期待されたりしても面倒なだけだ。
「アーエルで抵抗組織と接触。合流後に王都近くの屋敷で監禁されてる王女……クレイメアと呼ばれる女を救出。それを依頼主に引き渡して終わりだ」
王女クレイメア。王国に残った、ただひとりの王位継承者。実態は、亜人の血を引く替え玉。
「皆さんの依頼主は、エインケル氏とサーベイ氏ですね」
「そうだ。依頼の中止も変更も、そのふたりからしか受け付けない」
「もちろん、それで結構です」
マカ領主とサーエルバン領主代行が、サマルとどういう利害関係にあり、どんな話し合いがあったのかは知らない。こちらの邪魔にならない限りは、詮索する気もあまりない。
「目的地は、宰相の屋敷だったか」
「はい。反王家派閥の首魁、ラングナス公爵の別邸です。王都から北西に二十五キロ、目立つ場所にありますが、警備を厳重にすると接近は不可能になります」
それは、この世界の常識では、だな。
「ミーチャさん! そこを右、細い側道を進んでください」
「敵か?」
「左の道は、端に埋め直した跡が見えます。罠の可能性がありますので」
王国には“魔導爆裂球”という対装甲榴弾があるからな。あまり油断はできない。かつてヘイゼルたちの開発した特殊兵器が、いま最大の脅威になっているのは滑稽な話だ。まったく笑えんけどな。
「ミーチャさん、その先の傾斜を登り切る手前で停止してください」
「了解」
緩い坂道のてっぺんまで行かず、少し前で停車させる。屋根の銃座に座っているヘイゼルは、俺より先が見通せているらしい。着座位置というよりも感覚器の差という気もする。
「ここからなら、飛べそうです」
坂の頂上は少し広く平坦になっていて、ローターの回転半径を確保できそうだった。
この先しばらくは集落が点在している。罠や敵やルート封鎖を気にしながら陸路を進むより、一気に汎用ヘリで距離を稼ぐべきだろう。三百キロ強なら燃料消費も問題ない。
「あとは乗り換えと離陸までの時間を確保できるか、ですね」
最寄りの集落は坂の下、距離は二百メートルほどしかない。奥には物見櫓らしきものも見える。軍用か荷駄用か、馬の嘶きも聞こえてくる。
飛び立つまでの間に攻撃を受けると、リンクスの武装では対処が難しい。
「エルミちゃん、マチルダちゃん」
ツインテメイドは後部銃座のふたりを呼んで、前方の上空偵察を頼む。
「はいニャ」
「任セろ」
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