ディスカード・オンザロード
「それで、結局どゆことニャ?」
アーエルの亜人連中を降ろして別行動を決めた後、しばらく走ったところでエルミが説明を求めてきた。
男たちは急に態度の変わった俺に不満そうな顔をしていたが、互いに用済みなことを通告して全員を車から叩き出したのだ。
エルミも“よくわからん”と言う顔ではあったが、もともと助けるのも拾うのも想定外なので、ここで降ろすことにも反対はなかった。
う〜ん……どこから説明するべきか。
正直、俺も全てをわかってはいない。あんまり興味もない。会話の流れで察したのは、王国はみんな好き勝手に動いて場を荒らしてるってことだけだ。
敵も、その敵も、たぶんそのまた敵も。私利私欲か浅慮かコミュニケーション不足か、行動が支離滅裂で何がしたいのかさえわからない。
「マチルダちゃん、わかったニャ?」
「ナんの話かもワからン」
エルミは車内で聞いていたが、理解できていない。ずっと後部銃座に上がっていたマチルダは、聞いてもいなかったようだ。何か問題かと降りてはきたものの、魔族娘は首を傾げるだけだ。
「バカな王と、王に成り代わろうとしてるバカな家臣と、その家臣に利用されてる偽物の王女と、その偽王女を助けようとしてるらしいサマル、そして偽王女を殺そうとしてるサマルの部下。王国に、俺たちの味方は、いまのところ見当たらない」
「……ニャ???」
エルミとマチルダからは、揃って首を傾げられた。だよな。自分で説明しても、馬鹿ばかしい状況だと思う。
エインケル翁とサーベイさんには悪いが、王国の連中に加担するのは間違いだと思う。おまけに小太り商人氏の恩人であるアーエル領主は、もう王国軍に殺されてしまっているのだ。
「話半分で引き受けたのは失敗だったな」
「魔導通信器で連絡しましょうか。詳細を聞いて、それから判断しても遅くないです」
「遅いのニャ」
エルミから声が掛かる。手招きされるまま側部銃眼から外を覗くと、道の横に広がる茂みの奥に、近付いてくる男たちが見えた。ルイクは見当たらないが、見た目は似たような連中だった。
「もしかして、さっき降ろした奴らか?」
「あいつらもいるニャ」
「すみません、ひとり残してもらえますか」
ヘイゼルが、銃座に上がろうとしているエルミとマチルダに頼んだ。情報を得る必要があるということか。
「ヘイゼル、何か気になることでもあったのか」
「先ほど、降り際に触れたとき、奇妙な印象があったんです」
「ルイクたちから?」
「はい。あまりに思考が散漫で、明白ではありませんでしたが。おそらく彼らは王家支持派です」
人狼が、亜人差別主義者の総本山を支持? 何の冗談だ。
俺の表情を読んで、ヘイゼルは小さく肩を竦める。
「買収された、との注釈付きですが」
どうしようもないな。
男たちは無警戒と言ってもいいほどの態度でサラセンの車体を囲む。彼らの何人かは、俺たちの戦闘は見たはずなのに。数を恃んで増長しているのか、こちらの戦力を見誤っているのか、それともまさか殺されないとでも思っているのか。
なんにしろ、度し難いほどの愚かさだ。
「貴様ら、邪魔するなら殺すぞ!」
「こっちのセリフだっつうの」
交渉決裂。というか交渉なんて始まってもいない。
前後銃座のエルミとマチルダが、ヴィッカースとブレンガンで男たちを薙ぎ払う。十数人を殲滅するのに数秒と掛からなかった。
ヘイゼルの頼み通り、偉そうな男だけは、足先を削っただけで生かしてある。
「あイつらを助けタのは、失敗だったナ」
まったくだ。敵の敵が敵じゃないなんて、考えが甘過ぎた。
この調子じゃ、サマルって男もハナから信用し過ぎない方が良いかも知れない。
「少しだけ待っていただけますか」
ヘイゼルが運転席前の扉から車外に降りて、呻いている男のひとりに近付く。
指先で額に触れ、もう片方の手に持ったリボルバーで射殺した。用済みの判断が早いな。
「急ぎましょう」
ひょいとボンネットに飛び乗ったヘイゼルは、すぐに車内に戻ってきた。
「サマルさんたちは、アーエルの領主館で籠城戦の最中です。長くは持ちません」
「サマルは助ける価値があるか?」
「人間的にはノー、政治的にはイエス」
ヘイゼルから返ってきたのは、ちょっと予想と違う答えだった。
「ただし政治的判断はわたしたちにとってあまり意味がないですね」
「じゃあ、ビジネスとして?」
「はい。そこは信用できます。“契約を守る”という意味では、サーベイさんと同じくらいに」
……そうまで言うなら、信じていいか。
俺はすぐに車を出し、ヘイゼルが魔導通信器でゲミュートリッヒと連絡を取る。酒場に残っていたサーベイさんとエインケル翁から、サマルの為人について補足説明があった。
アーエル領主ノマンの御用商人で、アーエルの経済を陰で支えていた男だ。人間だが、人種による差別思想はない。判断基準はカネを持っているか、利益になるかの二点だけ。損となれば家族でも見捨てる、潔いほどの守銭奴だという。
「いや、それ不安しかない」
“そう言うなミーチャ”
俺のボヤキが聞こえたらしく、通信魔珠からエインケル爺ちゃんの声が聞こえてきた。
“あいつはアーエルに全てを突っ込んどる。カネも時間も労力も思い入れもな。守り切るために必要なら、悪魔とだって取引しよるぞ”
「それは安心材料になるんですかね」
ちなみにエインケル翁やサーベイさんは、サマル以外のアーエル住人と直接の接点はないそうだ。
ルイクたちに関しては、亜人のチンピラが勝手に跳ねた結果なのか。いまの俺たちに判断材料はない。
「サマルさんは、欲得だけで動く。いわば、わたしたちの同類ですよ。おかしな駆け引き上手より、よほどマシです」
ヘイゼルが微笑み混じりで言う。同類かどうかについては、異論もあるけれども。
「まあ、いいさ。受けた依頼は果たす。依頼対象が、どんな相手だとしてもな」
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




