森を成すもの
「無理? リボルバーでは倒せないってこと?」
そらそうだろうとは思う。.380エンフィールドは弱装弾なので、たぶんゴブリンでも一発では厳しい。
まだフォレストウルフの姿は見えてないけど、相手が成人男性サイズの狼型魔物となれば距離を取らないと危ないし。
「違います。あいつら、気持ち悪いですッ!」
いや、知らんがな。
月に掛かっていた雲が流れて、通りの様子が見えるようになってきた。
ヘイゼルは大袈裟にリアクションしてたけど、さすがにウルフな感じのシェイプでゴブリンより気持ち悪いってことはないだろ……
「……って、気持ちワルッ⁉︎」
「でしょぉッ⁉︎」
なに、あれ。
見た目ぜんぜん狼じゃねーし。例えて言うなら……なんだ。カマドウマ?
節くれだった細長い足も、それを大きく広げた四つん這いの姿勢も、動物というより虫っぽい。
体毛はまばらで、腹が膨らんでて、頭が小さい。その頭は遠目に見ると、まあ狼に見えなくもないか。
そんなのが素早くカサカサ蠢きながらすごい勢いで屍肉を貪ってる。見た目も動きも印象も、獣ではなく完全に不快害虫のものだ。
たしかに、あれは無理。
とはいえ、倒さないわけにもいかない。あれに食われるのだけは絶対に嫌だ。
「ミーチャ、ヘイゼルちゃんもプルプルして、どうしたのニャ?」
「プルプルするわ! あれ、ムチャクチャ気持ち悪くないか⁉︎」
エルミは不思議そうに首を傾げる。
「魔物は、たいがい気持ち悪いのニャ」
悟ってるな。あんなのを見慣れてる現地の感覚だと、そんなもんか。
俺はブレン軽機関銃を窓際に設置し、横に装填済みの予備弾倉を十三本並べる。砲兵用トラックの銃座用に追加購入した同型のブレンガンには、木箱入りの予備弾倉が十本付属していた。もともと持ってた四本を加えて、火力は四百二十発。マガジンにフル装填はお勧めしないとヘイゼルからアドバイスがあったので多少の余裕を持ったが、それでも四百発近くはある。
「これで十二体の魔物を倒せなかったら、どのみち未来はないな」
「英国万歳♪」
やめろヘイゼル。満面の笑みで拍手すんな。褒められてる気が微塵もしない。
言葉の意味はよくわからんけど、なんかイラッとする。
「ヘイゼルちゃん、ぜんぜん笑えない冗談を聞いたとき、“ぐっぷりぺん”ていうのニャ」
エルミの評価を聞いて、ヘイゼルはクスリと笑う。
「少しだけ違いますよ、エルミちゃん。笑えないジョークこそが、英国なんです」
それ自体が俺には、よくわからないジョークだ。
なんだかんだ言うてるうちに、通りに散らばったゴブリンの死骸は半分以下にまで減っていた。恐ろしいほどの食欲と、恐ろしいほどの咀嚼速度だ。
その代わりに当然の結果として、フォレストウルフ――見た目はカマドウマ――の腹は、はち切れそうなほどに膨らんでいる。
「……そろそろ、頃合いニャ。ミーチャは、できれば群れのボス個体と群れの順列二位を頼むのニャ」
「わかった。ちょっとデカいのだよな」
ちょっと、どころじゃない。元々の体格は五割増し程度だったのに、腹の膨らみ具合は下位個体の数倍ある。ほとんど吊るし切り前のアンコウみたいになって、まともに動けていない。
逆に言えば、いまがチャンスでは、ある。
「エルミちゃん、わたしは?」
「通りの真ん中に、ゴブリンの死骸が山になってるとこがあるニャ? あそこの左側をお願いするのニャ。ウチは、右側のを狙うのニャ」
「了解」
「“ぶれんがん”の方が、奥まで狙えるニャ。ミーチャが射撃開始の合図ニャ」
膨れた腹をズルリと引き摺って、奥にいたボスがこちらを向く。距離は、四十メートルほど。一撃必殺を狙うには遠いが、掃射すれば問題ない。どうせ周囲にも下位個体がウジャウジャしてるのだ。
上部マガジンを避けて横にオフセットされたブレンガンの照準器を覗いて、俺は静かに息を吐いた。
「よし、いくぞッ!」
トリガーを絞ると、腹に響く音とともに小銃弾が闇を切り裂き、魔物どもの叫び声が立て続けに上がった。
俺の左右でステン短機関銃とエンフィールド・リボルバーが射撃を開始する。銃火に通りが照らし出され、虫みたいな狼たちの目が光って見えた。
「うぇええぇッ!」
膨れ上がった腹は着弾すると水風船みたいに弾けて、周囲に赤黒いドロドロの粘液をブチ撒けた。
なんだろう、このゾワゾワする感じ。プチプチシートを潰すような。いや、腫れ上がったニキビを潰すような。奇妙なおぞましさと表裏一体の快感がある。
「“すてん”すごいニャ! 腹に当てたら、倒せるニャ!」
エルミもステンガンを点射して、次々にフォレストウルフを弾けさせる。事前に聞いたのとはずいぶん違う展開になった。彼女の想定以上に9ミリルガーは威力があった、もしくは魔物の腹が脆かったようだ。
「ヘイゼルちゃん! 二体、壁際を回り込んでくるニャ!」
「任せて!」
ヘイゼルは愛用のエンフィールド・リボルバーを操作し、瞬く間に二体を倒した。目を撃って足を止めさせ、足を撃って腹を向けさせ、そこに残弾を叩き込む。弱装弾ながらも、魔物の弱点を狙うことでカバーしている。
おまけに六連射後の中折れ式排莢操作から装填完了まで三秒ほどしか掛からない手際の良さ。
すげえ。
「まさに……英国万歳?」
「良いですね♪」
なんだろう。笑顔でお礼を返されただけなのに、“あらミーチャさん、覚えたての言葉を意味もわからないまま使うのはクソダサいですよ”的なニュアンスを感じるのは俺の被害妄想、あるいは英国文化に対する差別意識だろうか。
「ミーチャ!」
一瞬ぼんやり気を抜いていたのをエルミから叱られる。彼女もステンガンで短く点射を繰り返しながら、着実にフォレストウルフを仕留めていた。
まだ銃など持ったばかりで、会館奪取のゴブリン狩りが初の実戦だったはずなのに。早くも操作にぎこちなさはなく、無駄ダマも撃たないし腰も引けてない。
「中央のは任せろ」
俺は弾倉を入れ替えると、真っ直ぐに向かってくる五、六体の下位個体に三十発近くをまるまる叩き込む。
落ちものゲームの連鎖並みに派手な弾け方で、通りに赤黒い粘液が降り注いだ。
腹の破れたフォレストウルフは、どれもビクンと痙攣して動かなくなる。
不思議なことに、地べたに撒かれるのは謎の粘液だけだ。直前まで喰っていたゴブリンの死骸も、自分らの内臓もない。残された死骸も、煮干しみたいな背骨と頭と細い足だけ。
なんだ、あれ。どうなってんだ?
「右奥ので最後ニャ」
凄まじいサイズに腹を膨らませたフォレストウルフが、こちらを見て悔しげに唸り声を上げている。どうやら、群れの順列二位のようだ。
逃げるにしても襲い掛かるにしても、腹が重くて動けないらしい。なんでそんな捨て身で喰ってんのか、理解に苦しむ。
「フォレストウルフが餌を食うのは、まわりに強い敵がいないときだけニャ。いっぺん食べたら、あんな風になるからニャ」
エルミがステンガンの点射で最後の一体を仕留めながら言う。
そりゃ、消化されるまでは無防備だもんな。元いた世界のニシキヘビみたいなもんか。逆に言えば、俺たちはあいつらの敵になると思われていなかったわけだ。
結果的には、それが幸いしたな。
「でも、急いで殺さないと大変なことになるニャ。四半刻もすれば、消化して元通りに動き出すからニャ……」
「四半刻?」
「こちらの時間単位で、三十分ほどですね」
「え? 早ッ⁉︎」
おかしくねえか、その消化速度。
いや実際、ものの数分で本当に消化しちゃってるみたいなので事実のようではある。
もしかしてあれ、オオカミの形したスライムかなんかじゃねーの……?
「おいミーチャ、エルミも、大丈夫か?」
銃声を聞いて、エルフの銃手が様子見に来てくれた。残りの銃手は、回り込まれないように周囲の警戒をしてくれているらしい。
手助けが必要か確認していた彼は、窓から通りを見て苦笑する。
「すごいな、全滅じゃないか」
「がんばったのニャ」
「うん。上手い手を考えたな、エルミ。これでゴブリンの死骸はあらかた片付いた。次の春には、きっと森になってる」
「森?」
怪訝そうな顔をしている俺に、エルミが笑う。
「フォレストウルフの体液は、土に染みるとビックリするくらい草木が良く育つのニャ」
「それが名前の元になったんだけど、ミーチャは知らなかったのか?」
「知らん。森に棲む狼の魔物だからだと思ってた」
ゴブリンの死骸を養分にして、町の中心が森になるか。
それも良いかもな、と俺は他人事のように思った。
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