レディ・トゥ・ランブル
南西方向に飛行するリンクス汎用ヘリの機内。俺は不思議な平穏に戸惑っていた。王国の人口がどれほどなのか知らんけど、兵数だけでも万は下らんだろう相手に真正面から喧嘩をするっていうのに。不安どころかワクワクしてる。
「ミーチャ、楽しそうなのニャ」
「ああ。なんでか、危機感がない。いつも敵の攻撃圏外にいるせいかな」
「わたしたちがいるのは案外、脆い場所ですよ」
「それは、わかってるんだけどさ」
冷静に現実を語るヘイゼルの声は、それでも穏やかだった。
「わたしも、心が躍ってる」
ナルエルが副操縦席で笑みを漏らした。
「高いところで見下ろしている奴らを、叩き落とすときは、いつもそう」
すべてを蹴散らす“薙ぎ倒し”の本領発揮か。今回の相手は、彼女と無関係な王国なんだが。
「王国が内戦で傾いたのはわかる。でも、その刃を向けるのが無関係な隣国ってのが理解できないな」
「まったく無関係でもないんですよ。“剣王”メフェルを殺されたのが、王家の最後のダメ押しだったようなので」
「……ニャ?」
サーエルバンで俺たちを襲ってきたデカブツか。エルミに射殺されたそいつが、王国の誇る無敗の剣豪だったのは聞いた。けど、個人の武勇が国家間の戦争にそれほど寄与するとは思えない。そんな大人物だとしたら、監視役だけ付けたほぼ単身で派遣されたりしないだろうし。
「メフェルは現王家の懐刀で、影の抑止力でした。アイルヘルンの商業都市サーエルバンを占領するための調査に送り込まれていたようですが、聖国との関係込みでご破算になりました」
それで、反王派閥を押さえていたタガが外れたわけか。聖国による高圧的干渉も消えたが、王家は聖教会の後ろ盾と宗教的な求心力を失った。
アイルヘルンの、ではないが俺たちがやった結果だな。あいつらの自業自得なので、反省なんかしない。
「もしかしてウチは恨まれてるのニャ?」
「恐れられてる、が正しいですね。エルミちゃんというより、“アイルヘルンの新兵器”である銃器をです」
「王国では、マカで製造されたと思っているんだよな?」
「消去法でそう考えるしかなかったようですが、現実に行き着くのも時間の問題でしょう。王国からは、かなりの数の密偵が入り込んでいます。……それに、おそらく内通者も」
武器兵器の調達が英国的ショッピングの結果だとわかったところで対処の方法はないんだが。
「王国は両派閥とも、アイルヘルンの新兵器を手に入れようと躍起になっています」
少しだけ、嫌な予感がした。
◇ ◇
王城の最上階にある謁見の間は、静まり返っていた。
一段高くなった位置に置かれた玉座で、国王オーファルは目の前の男を怒りに満ちた目で見据える。
「もう一度、申してみよ!」
王城上層階は最精鋭の近衛兵士に守られ、魔力を阻害する魔道具で攻撃魔法にも備えられている。絶対的優位にあるはずの王は、なぜか自分が丸裸にされたように感じていた。
「ええ、何度でも。陛下には御退位いただきます。その後は王女殿下を女王に据え、王配を迎えていただく」
あまりの屈辱に、オーファルは思わず息を呑む。
王女は、まだ成人もしていない十四歳。彼女の兄である王子や叔父である王弟もいるため、継承権は五位以下でしかない。
そんな者を担ぎ出すのは、傀儡を立てると宣言しているようなものだ。
「……王配、だと」
幼い女王を即位させ、都合の良い配偶者と番わせるか。だが現在の王国に、独身の高位貴族など残っていない。国外から入れるにしても、吊り合う国など海を挟んだ遥か東方にある帝国だけだ。
「はい、わたくしが」
「なッ……⁉︎ そんなことを、我が許すとでも思っているのか!」
「許しも認めも、いただく必要はありませんな。これは、“新生貴族議会”による決定事項ですから」
齢六十近い宰相ラングナスの嫌らしい笑みに、王の怒りは振り切れた。
王位簒奪の首謀者が傀儡の配偶者として収まるなど、恥知らずにも程がある。
「この国を統べる王に対して、なんたる無礼か!」
「ですから、申し上げているのですよ。あなたに、この国を統べる力はないと。ご心配には及びません。上手く飼い慣らしてやりますよ。国も、民も……あの雌犬もです」
なにか不埒な妄想でもしているのか、ラングナスは脂下がった顔を王に向けた。
「おのれ! 何をしているか! こいつを殺せ!」
王の叫びに、近衛の兵たちは無表情のまま動かない。
「まだわかりませんか。すでに王城は、我ら“新生貴族議会”の手に渡っているのですよ。主要貴族は盟約を結び、暗君の排除に同意しています」
謁見の間にいる貴族も兵も、宰相の声を聞いている。同じ姿勢で、同じ無表情で。
いきなり裏切った者たちが何を考えているのか、知らぬ間に何が起きたのか、国王オーファルには読み取れない。
「無血開城、とはいきませんでしたがね」
宰相ラングナスの声に、控えていた貴族の何人かが震え始めた。
「ラングナス、貴様なにを……」
「最期まで王に忠誠を誓った者は、敬意を表して望みを叶えさせました」
ニヤニヤと笑いながら、老宰相は玉座に向かって歩き出す。本来そこに座るべきなのは自分なのだと、全身で示しながら。
「殉死者の列は、これからも……」
どこか遠くで、風の騒ぐ音が聞こえてきた。
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