衆寡敵せず
「ミーチャさん、現在ゲミュートリッヒが直面している最大の問題は、おわかりですか」
マカを辞して北上するランドローバーの助手席で、ヘイゼルが心持ち声を落として訊いてきた。
入り組んだ地形のマカ周辺にはヘリコプターを離陸させられるほどの平地がなく、街道を二十キロほど進む必要があったのだ。
荷台にはティカ隊長とナルエル、それに王国軍から奪還した獣人のボーイズんガールズの四人。銃座とロールケージがあってわりと狭いのだけれども、みんな小柄なのでなんとか収まっている。
「王国と対峙する上で? それとも、単に平和な暮らしを維持するために?」
「両方ですが、主に前者ですね」
「いろいろ考えられるけど、敵が多くて味方が少ないことじゃないかな」
ヘイゼルは周囲の警戒をしながら、俺に目を向ける。
「そうなんです。我々のコミュニティは、あまりに少数すぎます」
「いくら少数精鋭とはいっても限界はあるか。大規模化による効率って、案外バカにならないもんな」
「経済効率もありますが、戦争……特に総力戦では致命的です。一騎当千の兵でも不慮の死を迎えるのが戦争ですから」
どこぞの王太子のように、とか言ってるけどイマイチよくわからん。上手く翻訳されてないが、英国的ジョークか。
少し考えて思い当たった。英国艦艇の“プリンス・オブ・ウェールズ”だ。第二次世界大戦で、日本軍機に沈められた戦艦。でもあれ、たしか雷撃機の大編隊によるものだから偶発的不運という状況じゃないと思うんだけどな。
俺の表情から考えを読んだらしく、ヘイゼルは自嘲気味に首を振った。
「作戦行動中の新鋭戦艦が、航空機如きに沈められるなど、まさに青天の霹靂でした」
「さいですか」
ヘイゼルのことだからいろいろ英国的バイアスが掛かってる気はするけど、言わんとしていることは理解した。防備を固め攻撃力を高めるだけではジリ貧になりかねないわけだ。マカとサーエルバンに対しては友好的信頼関係を築けたのは、せめてもの救いだ。
「次に行うべきは……」
「味方勢力の生産力増大、敵対勢力の軍備剥奪、中間勢力の囲い込みです」
「いきなり盛り沢山すぎる。それこそ数の力が必要になる状況だろ、時期尚早ってもんじゃないのか」
俺の懸念は想定内といった顔で、ヘイゼルは頷く。
「王国は動き出しています。もう止まりません」
滅びるまで、という接続詞が付くんだろうな。王国が滅亡するのは好きにすりゃ良いし自業自得だと思うが、それで味方が被害や損害を受けるのは許せない。
「……王都やデカい貴族領を絨毯爆撃でもするか? 相手が、無条件降伏するまでさ」
正直、あまりやりたくない。大日本帝国に対するアメリカ軍の戦略みたいで、日本人としていささかモヤッともするが、手段を選んでいる場合ではない。
最小限のリスクで最大限の効果が出れば、それでいい。
「悪くないですが、現代人の発想です」
「え」
「この世界は、せいぜい近代以前ですよ? 領民の死や経済破綻は、支配階級の降伏を促したりしません」
……そんなもんか。
だとしたらナシだ。殺したい相手は一般市民じゃない。この世界の民衆に市民という発想があるかどうかも不明だが。
「ミーチャ、ヘイゼル」
後部銃座に腰掛けていたティカ隊長が前方を指す。谷間を抜けると目の前が開けて、緩やかな丘陵地帯に草原が広がっていた。視界も地形も開けていて、ヘリの離着陸に問題はなさそう。車の音に驚いたのか、大型のヤギが群れで走ってゆく。それを見る限り、そこそこ地面もしっかりしていそうだ。
俺はハンドルを切ってランドローバーを丘の上に向ける。
「それじゃ、王城を吹き飛ばそうぜ」
俺は、ヘイゼルに笑いかけた。王国が侵攻を決めたのなら、黙って待っていてもしょうがない。
頭を潰すリスクもあるが、それは王の統治が機能している場合だ。すでに統制は乱れてる。さらに乱れれば、それはこちらへのメリットにもなる。象徴的な建造物を派手に吹き飛ばせば、次に政権を担う者たちへの見せしめにもなる。
「素晴らしいですね♪」
穏やかな笑みを浮かべて、ツインテメイドが俺を見る。珍しく本心からの発言みたいなのが逆に怖いわ。




