セイズ・ザ・ガールズ
拳銃弾の薬莢が床に跳ねて澄んだ音を響かせる。処断を始めてものの数分で、室内に動く者はいなくなった。
「ヘイゼルちゃん」
開かれた扉の外から、ナルエルが声を掛けてくる。ヘイゼルは軽く服を払って、笑顔を向けた。
「お待たせしました。こちらは済みましたよ」
「こっちは、三人だけ」
「やっぱり取りこぼしが出てしまいましたね。ありがとうございます、助かりました」
入ってきたナルエルは息遣いもそのまま、少し眠そうないつもの表情だ。
平兵士を三人倒すくらいのことは運動にもならないのだろうと、ヘイゼルは頼もしく思う。
「捕まっている獣人は?」
「奥の部屋です」
小さな扉の奥に、それらしい気配があった。先に解放した獣人ふたりの記憶とも合っている。
ナルエルと並んで扉の前に立ち、張り詰めた反応を気遣ってノックする。
「あなたたちを助けに来ました。ここを開けても良いですか?」
「サファとノルクは⁉︎」
扉の向こうで、悲鳴のような声が上がる。名前は聞いていないが、最初に助けたふたりだろう。
「無事ですよ。外の乗り物で、あなたたちを待ってくれてます」
「嘘!」
突き放す叫びと、小さなすすり泣き。声を聞く限り、ふたりとも幼い女の子のようだった。
それならば、警戒するのも尤もだ。声のトーンで獣人じゃないのは察したらしい。出てきたところを捕まえてひどい目に遭わせるとでも思っているのだろう。そう考えるだけの体験をしているのかもしれない。
「それでは、わたしたちも向こうで待ってますから、落ち着いたら出てきてください」
「え」
「この建物の安全は確保されています。乗り物は砦の入り口に停めていますから、東側の窓から見えますよ」
ナルエルを促して、ヘイゼルは小屋から外に出る。途中で死体と装備を回収してみたが、量産粗悪品の刀剣と槍、銀貨と大銅貨が四千五百円分ほどでしかなかった。
収支はマイナス、とはいえ目的は果たした。亜人の仲間を救出できれば、金銭的利益など大した問題ではない。
「ミーチャさん、ティカさん。終わりました」
「おい、マイスとエラは⁉︎」
ランドローバーに向かうと、ネコ獣人の男の子ふたりがヘイゼルに食って掛かる。
「女の子ふたりのことでしたら、無事ですよ。まだ警戒しているので、落ち着くまで少し時間をください」
「まさか、こ、殺したり……」
「王国軍の兵士だけです。ちゃんと相手を確認して、間違いないように始末しましたから」
「お、いたぞ」
ティカが指す方を見ると、二階の木窓が開いて子猫と子犬のようなふたりが顔を出すところだった。
男の子ふたりはヘイゼルを見て、迎えに行って良いかと目で訴える。
「もう安全ですから、かまいませんよ。まずは、手を振ってあげてください。」
「「おーい!」」
泣き笑いの顔で手を振るふたりを見て、女の子たちはすぐに窓から飛び出してきた。
◇ ◇
俺たちは、いっぺんマカに戻ることになった。さほど用はないのだが、どのみち北上する途中で正門前を通過するのだから報告していこうと思ったまでだ。
車の音を聞きつけて、衛兵隊が迎えに出てくれた。
「おお、ティカどうだった」
「無事に奪い返したぞ。獣人四人、いったんゲミュートリッヒで預かる。落ち着いたら自分で決めてもらえば良い」
衛兵隊の話も聞こえてはいるんだろうけど、まだ人間不信が残った感じの四人は荷台で寄り添ったまま固まっている。まあ、すぐには受け入れられんのもしゃーないわな。
「敵の死体を引き渡すのは、アンタで良いか?」
「いまエインケル翁が来る。ちょっと待っててくれ」
正門脇の衛兵詰所に案内された。街の規模が大きいせいか、ゲミュートリッヒはもちろんサーエルバンよりも大きい建物だ。
ヘイゼルが運んでくれた死体と装備を詰所の前に並べる。小門から運んできたらしい魔導師と指揮官カインツの死体もある。
正門で殲滅された陽動部隊も含めて、王国軍の死体は総勢三十七名。岩場の上やら遠くの装甲馬車やら、拾いに行けなかった分はマカの衛兵隊が回収に向かってくれるそうだ。
マカの衛兵隊長は死体の山を見て、乾いた笑いを浮かべる。
「となると人員は四十を優に超えるか。こんな僻地まで、ずいぶん張り込んだな。砦にいたのは捨て駒か……?」
「いや、設営部隊じゃな」
振り返ると、いつの間にかエインケル翁が死体の検分に混じっていた。
王国では、土魔法を使う魔導師は手を空けるため魔術短杖よりも腕輪を選ぶことが多いのだとか。言われてみれば、死体の何人かは特徴的な大型ブレスレットみたいなものを装着していた。
エインケル爺ちゃんは、俺たちを振り返って頭を下げる。
「世話になった。また借りができたのう」
「いいえ、お気遣いなく。いまゲミュートリッヒの友邦は、サーエルバンとマカしかないんですから」
情報共有の後、マカからゲミュートリッヒに金貨百枚が贈られることになった。王国軍撃退に対する謝礼と、ヘイゼルが調べた情報への対価だ。対外的な名目としては、“大規模盗賊団の討伐に協力した謝礼”ということになる。
俺たちは、それがどういう事態を招くかを自覚していなかった。当事者のなかに結果を見通していた者がいるとしたら、エインケル翁かヘイゼルくらいだろう。しかし、そのふたりは問題とは認識していなかった。対処可能な些事として黙認した。あるいは、好機だと思っていたのかもしれない。
マカでの“共同討伐”がアイルヘルンの各領に通達されると、即座に王国へと伝わって対亜人強硬派を炎上させた。“亜人の魔境”マカとゲミュートリッヒを共通の敵として、王家支持派と反国王派は垣根を超えて団結してしまったのだ。
それを成したのは小型化・暗号化された大量の魔導通信器と、密偵や内通者によるところが大きい。
ゲミュートリッヒにも王国の密偵が入り込んでいたのだと、俺たちは後に知ることになる。
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