リーペンタンス
「少々お待ちください」
降りていったヘイゼルが、獣人奴隷の首からDSDのストレージ機能で“隷従の首飾り”を剥ぐ。解放されたふたりを、ナルエルが荷台に抱え上げた。
「あ、あぁ……」
「落ち着いて、もう大丈夫」
「……で、でも! 王国軍に、歯向かったら、……殺される」
「平気。あいつらは、ここで死ぬ」
「そうですよ。いずれ王国もです」
獣人のふたりは、言われた言葉が理解できないようだ。長く虐げられた恐怖の記憶から、頭に入っていかないのか。
「砦の構造はわかりました。ティカさんとミーチャさんは、ここで待っていてもらえますか」
「それは、かまわんが。砦にはヘイゼルとナルエルで?」
「はい。ナルエルちゃん、お願いできますか」
「もちろん」
ふたりで大丈夫か、と訊きかけてやめる。ヘイゼルは弱装弾のエンフィールド・リボルバー。ナルエルは撲殺用の棒切れしか持っていないというのに。
このふたりでダメな状況が想像できない。
それなら長射程大火力の重機関銃にティカ隊長、掃射能力の高い汎用機関銃に俺が付いて車輌を守っていた方が安全だ。
「すぐ戻ります」
なんでか幸せそうに笑って、ヘイゼルとナルエルは砦に歩いてゆく。
「無茶だよ」
「そうだよ、とめた方が良いよ」
「……と、思うだろ?」
当然の感想を持つネコ獣人のふたりに、ティカ隊長が首を振る。彼女は基本的に常識人だから、彼らの意見が順当で正しいことは理解している。その上で思い知っているのだ。
ゲミュートリッヒに降臨した英国的悪夢の前では、常識は脆く儚いと。
「気持ちはわかるが、心配は要らん。あのふたりは特別だ。特に銀髪娘の方は、なんというか……」
しばらく考えて、隊長は乾いた笑みを漏らした。
「……ちっこい龍みたいなもんだ」
◇ ◇
ヘイゼルが歩いてゆくと、急拵えの木柵が見えてきた。地形を利用して二階建ての小屋と物見台を作り、木組みの外壁を土魔法で固めたものだ。長弓の鏃と単発の攻撃魔法を防ぐ程度の強度はある。
ランドローバーの車載火器を使わなくて正解だと、ヘイゼルは判断した。最も分厚い部分でも重機関銃弾なら抜けるし、薄い部分なら小銃弾でも抜ける。敵だけならそれで良いが、殺したくない相手まで巻き込んでしまう。
砦の構造は獣人ふたりに触れたとき読み取っていた。兵士の配置と、地位と実力、そして彼らが獣人たちに何をしてきたかもだ。
戸口で止まって、なかの気配を探る。明らかに身構えているのがわかった。迎撃に出た仲間が戻らない状況で、銃声は最初の接触だけ。もう殺されたことは理解しているのだ。
「内部は狭いので、わたしが入ります。ナルエルちゃんは、出てきた者をお願いできますか?」
「任せて」
ヘイゼルは扉を開けて、突き出されてきた槍をつかむ。小柄な少女と侮った兵士は、槍がピクリとも動かないことに驚愕の表情を浮かべた。
「おおおおぉッ!」
横から振り抜かれた剣先を保持した槍で受けて、双方の腹を撃つ。呻き声を上げながら転がるふたりは、獣人奴隷を戯れに殴り続けた兵士だ。愕然とした男たちの顔を見据えて、それぞれの腹に追撃の銃弾を一発ずつ。
「あなたがたには、悔い改める時間を」
保って数分だろうが、それでも理解するべきだと判断した。苦しく惨めな死は、己の因果によるものなのだと。
硬直した空気に満ちた部屋に踏み込む。室内の仕切りは最低限だが、篭城戦で遮蔽になるよう配置されていた。
その陰に、兵士が隠れている。
「外に出た者たちは、戻りませんよ」
挑発するように言うと、男たちが一斉に身構える。その気迫はあまりにも薄く、殺気も弱い。
「あなた方も、ここで死ぬことになります」
「抜かせ!」
短弓を引き絞った兵士の顔面を撃つ。弓を投げ出して転げ回るのは、奴隷に跪かせて顔を蹴り付けるのが趣味の男。初弾で頰骨を砕き、横を向いた顎を二発目で粉砕した。脳を揺すられ昏倒するが、即死するほどのダメージはない。ひしゃげた顔でくぐもった呻き声を漏らす男は、死ぬまで長く苦しむことになる。
「我らが同胞に悪意を向けた者には、その報いを」
撃ち尽くしたリボルバーを折曲げ開放して再装填、部屋の隅で頭を抱えていた小太りの男を撃つ。被弾した股間を押さえて転げ回る男は、亜人狩りを繰り返し利益と役得を独占していた砦の部隊長だ。
悲鳴を上げる度に鮮血が迸り、部下の兵士たちがギョッとした顔で見る。内腿の動脈からの出血だ。小太りの男はすぐに動かなくなる。
失禁したせいで床に広がった大量の血と体液が、接近戦闘を困難なものにしていた。ヘイゼルの背後から踏み出そうとした若い兵士が血糊に足を滑らせ、振り向きざまの一撃を喰らう。額に拳銃弾を受けたその男は、困惑した表情のまま床の汚れに顔面から突っ伏した。
「では」
残る十数名の兵士たちに、ヘイゼルが笑顔で向き直る。
彼らは命じられたことをこなしただけ。そこに悪意も嗜虐もないが、躊躇いも慈悲もない。であれば、自身もそう扱われる。
「みなさんは、苦しまないよう殺して差し上げます」




