死兵
ランドローバーに乗った俺たちは、植生の薄い岩がちな渓谷を抜ける。少し視界が開けてきたあたりで、ヘイゼルが減速を指示してきた。
「敵か」
「はい。右手奥に装甲馬車がいますね」
「俺には見えんけど……捨て駒の囮部隊に装甲馬車?」
「督戦だろ。ヘイゼル、重機関銃でやるか?」
「お願いします」
話しているうちに、俺の目にも岩陰に停められた黒塗りの箱馬車が見えてきた。俺たちのいる街道から、一段高くなった枝道の上だ。後部銃座のティカ隊長が、装甲馬車にM2重機関銃を向ける。
「こいつを発射すると、あたしたちの接近は露呈する。近くにいる兵たちが向かってくるぞ」
「問題ありません。対処します」
「接近した相手は、わたしが」
遠近中距離と役割分担ができているようなので、俺は運転手に徹する。ヘイゼルとナルエルが周囲の警戒を行い、俺は減速したまま接近を続ける。
装甲馬車に動きがあった。護衛と思われる兵士たちが外に出てこちらに攻撃する素振りを見せ……
ドドドン、ドドン!
数発の点射で、血飛沫とともに消えた。重機関銃弾は箱馬車を装甲ごと射抜いたらしく、馬車から出てくる者はいない。
驚いた馬が暴れながら引き摺ろうともがくが、車止めでもしてあるのか動けずにいる。逃げられないまま魔物にでも喰われたら可哀想だな。後で解放してやるか。
「ミーチャさん、停まって!」
「お?」
左手の藪から突っ込んできた数名の兵士に、助手席のヘイゼルがFN MAG汎用機関銃を向ける。
魔導防壁と思われる魔力光を纏っているが、小銃弾を喰らってバタバタとひっくり返った。生身の身体に防壁だけでは、銃弾に対抗できなかったようだ。
「脅威排除」
「後続は、いない」
「ちょっと待ってろ」
ヘイゼルとナルエルが周囲の安全を確保したところで、ランドローバーを飛び出したティカ隊長が高台に駆けて行った。発想は俺と同じだったようで、装甲馬車に繋がれた馬を離して戻ってくる。
「近くでゴブリンが窺っていたようだが、なんとか間に合った。これは駄賃だ」
革袋をいくつか後部座席に放る。ガションと硬貨が鳴ったところをみると、そこそこ中身の詰まった財布のようだ。なんか俺たち、盗賊みたいになってんな。
「ティカさん、正門側で動きが」
「そりゃそうだ。あんなデカい音が聞こえたら挟撃を警戒する」
「向かってくると思うか?」
俺の疑問はすぐに答えが出る。正門のある方角から向かってくる人影が十数名。今度の敵は、マカの衛兵隊と対峙していた正面戦力だ。銃火器への対処を考えているらしく、盾を持って散開し、岩や灌木などの遮蔽に隠れている。
「半獣の魔道具だ! 魔導爆裂球用意!」
やっぱり持ってんのか。金属を融解する、あの厄介な爆弾。装甲のないランドローバー なら致命的な被害を受けそうだ。
ヘイゼルが助手席の汎用機関銃で接近を阻止し、ティカ隊長が後部銃座の重機関銃で殲滅する。
魔法付与された魔導防壁が眩い青色光を飛び散らせるけれども、装甲馬車の外板も貫通する重機関銃弾を防ぐことはできない。王国兵士たちは次々に屠られてゆく仲間を見ても怯むことなく、むしろ肚を据えて攻勢に転じた。俺たちに魔導爆裂球を叩き込めば、劣勢を跳ね返せると思っているのだろう。自分の命は考慮の外で、だ。
良い兵だなと、俺は場違いな感想を抱く。
「ミーチャさん、正門まで全速前進!」
「お、おう!」
投げ上げられた爆裂球を見て後退に入れかけたギアをローギアに入れ直してクラッチを繋ぐ。
アクセルを床まで踏み込むと、ランドローバーは突っ込んできた兵士のひとりを撥ね上げた。後方で爆発した音は聞こえたが、車体へのダメージがどの程度かはわからない。
「熱ちッ」
「隊長⁉︎」
「大丈夫だ、そのまま行け!」
爆裂球を振りかぶったもうひとりの兵士が、重機関銃に上半身を吹き飛ばされる。その手前で盾を構えていたふたりは汎用機関銃の掃射を受けクリスマスツリーのように発光しながら崩れ落ちる。
突進するランドローバー は数分で正門前に出る。挟撃を受けることになった王国兵士――盗賊風の偽装はお粗末なものだ――は全周警戒状態で殺気を放ち、彼らと対峙していたマカ衛兵隊はポカーンとした顔でこちらを見た。
「ゲミュートリッヒ衛兵隊、ティカだ! 流れ矢が行く、門内まで下がれ!」
「お、おう……!」
ティカ隊長に面識があるか名前を知っているか、衛兵隊は信用したらしく門内まで退避する。
それを攻め込む好機とみて押し込もうとした王国兵数名が、ヘイゼルの小銃弾で蜂の巣になって倒れた。
「ティカさん、右を!」
「わかった!」
盾を重ねて守りに入った兵士集団は、重機関銃弾に血肉を撒き散らして吹き飛ぶ。盾を捨てて突っ込んできた二名は魔力光を引いて飛び上がった。銃座から水平方向の掃射を受け、垂直方向ならば一瞬の隙は作れると賭けたか。
悪くはない読みだ。仰角を付けようとしたティカ隊長の対応は遅れた。
「大丈夫、任せて」
素っ気ない声を残して、ふわりとナルエルが飛び上がった。両者は上空五メートルで擦れ違う。魔力光が飛び散り、甲高い金属音が響いた。着地したナルエルは着地した勢いのまま目の前の残敵に殴打用棍棒を振り抜く。
カインコインと金属音が鳴って、頭のひしゃげた死体が転がった。
運転席の前にも。
「ぶおわぁッ⁉︎」
クルクル回っ上空からて落ちてきたらしい死体は、首から上が原型を留めていない。スプラッターな肉塊に目の前を塞がれて、俺は慌ててブレーキを踏む。死体はボンネットに転げて落ちたが、窓は血糊でグチャグチャだ。
「脅威排除」
「他に敵は……いなさそうだな。ナルエル!」
「平気。ひとり残した」
ヘイゼルを振り返ったナルエルは、転がった兵士のひとりを指差す。
「でも、あんまり保たない」
だろうね。痙攣してるしね。
息のあるうちに情報収集しようと、ヘイゼルが駆けてゆく。ティカ隊長は正門の奥にいるマカの衛兵隊のところに向かった。わかっている状況を伝えて、今後の対応を共有しなくてはいけない。
マカに関して言えば、取れる対策はそう多くない。物理的・諜報的・商業的・政治的に守りを固めるだけだ。もともと交易依存度が低い上に、いまはサーエルバン経由で必要な物資も入ってくる。地勢的にも防衛向きだ。
問題は、むしろゲミュートリッヒか。吹きっ晒しの陸の孤島だもんな。
「……ミーチャさん」
考え事をしていた俺は、ヘイゼルの硬い声に振り返る。彼女には珍しく、素の怒りを露わにした顔だ。
嫌な予感がした。いや、それは予感でなく確信なのだとわかっていた。
「砦に、獣人奴隷がいます」
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……それはそれとして、新作意欲が(懲りてない)




