サウスワード
俺たちは、アイルヘルンの南西部にある“鉱山都市マカ”へと飛行していた。
操縦手のヘイゼルと副操縦手のナルエル、同乗のエインケル爺ちゃんと俺の他に、いままで領主代行だったティカ隊長。リンクス汎用ヘリは快調で、順調に距離を稼いでいる。
整備のみと厳命して鍛冶工房のドワーフ技術陣に託したが、予想以上に良い仕事をしてくれたようだ。
馬車で三日ほど先行したはずのマカ視察部隊は、途中であっさりと追い越してしまった。山中だったので降りるわけにもいかず、せめて差し入れでもと段ボール箱に詰めた食料とお菓子をロープで降ろした。ローターの吹き下ろす風でワチャワチャになってたけど、エインケル爺ちゃんに振り回され慣れてるのか、部下のドワーフたちは笑顔で手を振ってくれた。
行くのは初めてだけど、マカまでは直線距離で百哩を切るくらい。キロにして百五十ほど。となると、彼らの帰路は、まだ半分を超えたところだ。
「エインケルさん、ゲミュートリッヒからマカまでは馬車だと五日くらい?」
「サーエルバンまでの行き来なら、そのくらいじゃ。こっちは道が悪いんで、もう少し掛かるかのう」
当のマカ領主エインケル爺ちゃんは苦労する部下たちに責任を感じる風もなく、ワクワク顔で機内のあちこち眺め触ろうとしては怒られてる。
「座ってて」
「そうは言うがナルエル、お前はそんな特等席でこの世の奇跡を堪能しとるからいいが、ワシはずーっとお預けを喰らっとるんじゃぞ?」
「そう。“りんくす”、本当に、本当に素晴らしい」
いまひとつ会話が噛み合ってないな。
機内通話用のヘッドセットから伝わってくるのは、副操縦席に座ったナルエルの恍惚とした声だ。
「空を飛ぶ夢は見た。魔道具も開発した。短距離で低高度で短時間の飛行なら実現した。でも、そんなものゲミュートリッヒで粉微塵に吹き飛ばされた」
声には笑い出しそうな興奮。夢破れたって感じじゃない。むしろ、啓蒙を得たという悦びに満ちている。
「世界は、なんて広い」
「その通りじゃ。お前は、マカを出て良かったのう」
師弟というのとは違う。恩人というほど一方通行でもない。気心の知れた間柄で、同じ夢と野望を抱く同志。彼らに限らずドワーフというのは、たいがいそんな関係だが。
なんにしろ孫ほど歳の離れたナルエルと、爺ちゃんは互恵関係を維持しているようだ。
「そういやナルエルは、マカの生まれなんだっけ?」
「違う」
ハーフドワーフの神童ガール、“薙ぎ倒し”ナルエルの過去を、俺はそれほど知らない。
ただ、学術都市タキステナに行く前は、マカにいたと聞いたことはある。領主エインケル翁とはそのとき、留学の学費を出してくれと直談判して以来の付き合いだとか。
エインケル翁はナルエルの手土産を見て、学費の支援を快諾してくれたそうな。
「いや、ワシとの間に貸し借りはない。それどころか、マカのもんはナルエルの発明で大いに恩恵を受けとるぞ」
「恩恵? なんですか、それ」
「水抜きと貯水と浄化の術式巻物じゃな。あれで命を救われた坑夫は千や二千じゃ効かんぞ」
「交渉に手ブラはマズいと思って。二時間で作った」
「わかるぞ。失敗は、なるべくしてなるが、成功は、たいがい不確定要素じゃ」
天才と天才で理解し合っているけど、俺は完全に置いてけぼり感。
ティカ隊長に目をやると、知らんとばかりに肩を竦められた。
「お前が救ったんじゃ。胸を張れ、ナルエル」
「……うん」
そこからは魔法陣の技術的な話が出てたけど、俺には微塵も理解できなかった。
理解したところで、魔力ないから使えないしな。うん。
「他にも色々と聞いてはおるがの。ナルエルの才能が如実に出たのが、あのスクロールじゃ。技術的先進性や優秀性、洗練性まで全部剥ぎ取って、阿呆でも描けるよう単純化しよった」
「ん? それが才能ですか?」
安く作れて大量に配れる。すぐに起動して効果も早い。理屈はわかったけど、それは商業的な利点に思える。
伝説の名工、エインケル翁が絶賛する理由までは、理解に至らない。
「坑道で生死を分けるのが水じゃからの。鉱毒を含んだ水が出る。飲み水が切れる。そんな事態で誰でも、すぐに、確実に使えるんじゃ。しかも一枚のスクロールで両用させるという、その発想そのものが希有じゃな」
なるほど。ようやく腑に落ちた。ナルエルがタキステナの衒学主義とは相容れなかった理由もだ。
幾ら高度で洗練されていても、彼女は目的のない技術に意味や価値を見出せない。
「お前は、シュルワの出だったかのう」
「そう。マカから十キロくらい離れた、死にかけの村シュルワ。そこで孤児として育って、マカに逃げた」
「いま、その村は?」
「死んだ」
シンプルな返答。人死が出るような状況だとリアクションに困るが、廃村になっただけで住民はマカに移住したそうな。悲惨なことに変わりはないんだろうけどな。
あんまり良い思い出がなかったのか、村についての話はしたくないようだ。
俺たちは小一時間ほどの飛行で、マカ上空まで到着した。
切り立った鉱山の中心地にある領主館に降下するのは、住民に混乱も起きるし気流の乱れが起きる可能性があるので現実的じゃない。安全を優先して、郊外の平地に向かう。
「そこの台地なら地面も硬いし、道もつながっとるぞ」
「了解です」
リンクス汎用ヘリを着陸させると、しばらくして遠くから騎馬の集団が走ってくるのが見えた。俺にも見えてるということは、向こうも当然のように視認してる。自分のところの領主だということは理解しているようだ。
「領主様、よくぞご無事で」
駆け寄って馬から降りた衛兵たちは、エインケル翁に敬礼する。その表情は困惑しつつも苦笑を含んでいる感じ。途中で会った視察チームの部下たちと同じく、爺ちゃんの無茶に振り回され慣れているのだろう。
「いやいや、これほど愉快で快適な旅は初めてじゃ」
「こちらの方々は、ゲミュートリッヒの?」
「そうじゃ。ワシにとってもマカにとっても、非常に重要な来賓じゃからの。手厚くもてなせ」
「「はッ!」」
“賢人会議”の開催までは、一週間ほどあるようだ。他の領主たちも、まだ集まってはいない。
事前に打ち合わせるところは打ち合わせ、その後はマカ領内の案内もしてもらえることになった。
「今回から領主代行は、ティカではないんじゃな?」
「ああ。今後はヘイゼルに頼もうかと思っている」
俺たちのなかで話し合って決めたことだが、領主代行就任は本人たっての希望でもある。
なんだかヘイゼル、えらくやる気に満ちてるな。
「頼むぞ、ヘイゼル」
「お任せください、ティカさん。お約束した通り、汎用ヘリのコストを回収してきます」
妙に不安を誘う満面の笑みで、ヘイゼルは俺たちに断言した。
「大英帝国の名に懸けて!」




