なびく麦穂
抱っこ輸送機に吊り下げられ運ばれて来たのは、二十代半ばといった感じの女性だった。
ウェーブの掛かった麦畑みたいな色の長髪で、木訥な感じの美人。商店か農家の娘みたいなエプロンドレスで、折れた棒――たぶん魔術短杖の残骸――を持っている。細身だけど長身で、百七十センチ近くあるようだ。
俺たちの前に下ろされた彼女は毅然とした表情だけれども、まだ足が震えていた。
「……ふう、けっコう重タかっタ」
「お、重たくないですッ!」
マチルダさん、それは言うたらアカンやつや。君らより頭ひとつくらい高いんだから重いは重いんだろうけどさ。
……あと、胸が。
ウチのガールズは揃って成長途中なところにいきなり巨乳、というか爆乳というか、凶悪なサイズをしてるから並ぶと縮尺がおかしい。そのあたりは、あまり触れずにおこう。
「それで、あなたは何者ですか?」
ヘイゼルが静かに尋ねる。情報くらい彼女が触れれば得られるのだが、敵対の意思がないうちは話し合いで解決しようというところか。なんとなく、敵じゃなさそうな感じはある。
「わたしはレイラ、魔導師です」
「タキステナを出てすぐから監視していたのは、あなたですね。わたしたちを追跡していた目的は?」
「それは……」
目が泳ぐけれども、視線は左上。記憶を反芻しているときの反応なんだっけ。利き腕にもよるとか聞いたし、こっちの世界でも同じなのかも知らんが……どうも嘘を言おうとしている訳じゃなさそうだ。
そもそも、このひと嘘とか下手そう。
「領主から命じられて、タキステナに潜入していたのです。オルークファが妙な動きを見せたら後を追って止める、はずだったのです。が……」
やっぱりそっちか……。監視中に、目の前で監視対象が吹っ飛ばされちゃったのね。ご愁傷様。
「領主っていうのはエルヴァラか」
「はい」
彼女はマカ出身に見えないし、獣人自治領出身とも思えない。あんな面倒臭そうな他領に貴重な魔導師を派遣するなら大領、となると消去法で“農の里エルヴァラ”ってことになる。
タキステナの刺客という線もゼロではないけれども……
「……エルヴァラ領主タリオが、わたしの父です」
「「「え?」」」
俺たちとレイラの間に、探り合うような沈黙。その張り詰めた空気を掻き消す音が、
ぐ〜きゅるるるるぅ〜
どこからともなく聞こえて来た。
◇ ◇
少し走った山の上で、俺はランドローバーを停める。
グダグダになった話し合いは中断された。まだレイラを完全に信用したという訳ではないけれども。ヘイゼルによって話し合いの中断と、ティータイムの開催が宣言されたのだ。
「良き結果を得るためには、お茶を飲むべきなのです!」
神託でも受けたかのごとく厳かに断言され、思わずみんな受け入れてしまったのだ。
ちなみに、テーブルとティーセットは、ヘイゼルが瞬く間に用意してくれた。
「す……すみません。考える前に飛び出してしまったので、ずっと飲まず食わずで走り続けてて……」
赤くなって恐縮するレイラだが、その手にはしっかり茶菓子がキープされている。もう燃料切れだったのね。
「わかる。タキステナから走ると、最初この辺りで疲れが出る」
「ああ、魔法を展開し続けルのハ、腹が減ルからナ」
「ヘイゼルちゃんの国では、いまがお茶の時間なのニャ?」
「ええ。ブリテンでは一日の半分が、お茶の時間ですが」
ウチのガールズは揃って好意的にフォローしてる。たぶん自分たちも甘いものが食べたかったというのもある。良いけど。
「さあ、みなさんも温かいうちに食べましょう」
茶菓子のメインは、英国ティータイムの定番らしいジャムとクロテッドクリームを山盛りにしたスコーン。収納のせいかまだ温かいそれを口にしたレイラは、目を見開いて固まる。
「……ぅ、おぃひ……」
ふにゃっと蕩けるような笑顔で囁くと、あっという間に平らげてしまった。
「レイラさん、こちらもどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「レイラちゃん、これ水なのニャ」
「こっちも美味イぞ、これも試してミろ」
「ふひゃぁ……♪」
ヘイゼルがお茶のお代わりを注ぎ、エルミがミネラルウォーターのペットボトルを渡す。マチルダはお手製フルーツケーキを勧め、ナルエルは両手にチョコレートと全粒粉ビスケットを持って至福の吐息を漏らしている。
ドワーフ娘、相変わらずマイペース。
「ああ、この世にこんな楽園があったなんて……」
泣き笑いのような顔でレイラが呻く。そのフレーズ、前にナルエルからも聞いたな。酒場で爺ちゃんたちも言ってた。ヘイゼルの行く先は、楽園でいっぱいだ。
英国製のだけどな。
「そうですか。学徒として入り込んで、半年以上も」
「レイラちゃんも苦労したのニャ……」
「いえ、講義や生活そのものは、久しぶりで楽しかったのです」
「そう。タキステナも、環境は良い。教師が下劣なだけ」
「ナルエルさんとは、何度か学内で擦れ違ってましたよ?」
半年以上前からいたってことは、当然どこかで会っててもおかしくない。それを聞いたドワーフ娘は、しばし考えてから首を傾げる。
「……申し訳ない、けど周りは、見てなかった」
「ナルエルちゃん、興味もつと周り見えなくなるニャ〜」
「そレは、エルミもダ」
四つの大皿に山盛りだった茶菓子が、賑やかなガールズトークと共にみるみる消費されてゆく。
そんなに甘いもの好きでもない俺は、お茶ときゅうり&バターのサンドウィッチ。日本人には馴染みがない味だけど、これはこれでじんわりと美味い。ヘイゼルの仕事が丁寧なせいかな。
景色は良いし天気も良好。お茶も茶菓子も美味いし雰囲気も楽しい。最高のティータイム……なのだけれども。
なんとなく女子高生のパーティに入り込んだ中年という印象がががが……




