森のクマさん
ランドローバーが森の小径を踏み分け、ときおり脇の茂みが車体を打つ。車幅は道のなかに入っているけれども。馬車よりデカいのか通行頻度より草木の成長速度が上回っているのか、掻き分けている感が強い。
「ナルエル、追っ手は?」
「ない」
後部銃座のドワーフ娘は、なんでか残念そうな声で応える。彼女はゲミュートリッヒの工房で重機関銃の操作は習ったものの、自分の練習のために弾薬を浪費したくないと的が来るまで我慢していたのだ。
「まだかなぁ……大きくて硬いのが良いなぁ……いや、小さくて速いのがたくさんっていうのも悪くないかなぁ……」
なんか、ムッチャ楽しみにしてる。何事もないのが一番なんだが、ナルエルの気持ちもわからんではない。
「ミーチャさん、その先を左です。エルミちゃんマチルダちゃん、右に魔物が」
「見えてるニャ」
「ドラゴノボアだナ。向かってきタら、殺スが……」
車の騒音かマチルダの気迫に恐れをなしたらしく、魔物は姿を見せなかった。
「……ふン、つマらン」
うちの子ら、こんなタイプばっかである。
大樹を迂回した後で、森の小径は街道に行き当たる。道幅が広がり路面もフラットになった。俺はランドローバーの速度を上げて、姿の見えない監視を引き離しに掛かる。
「しばらく揺れるぞ、ちゃんとつかまっててな」
「「「おー」」」
以前ランドローバーはトップスピードが時速百六十キロほどだと聞いたが、それはウルフという軍用の基本タイプのスペックだ。俺たちが調達したのはWMIKと呼ばれる火器搭載マウント付きのロングボディタイプ。重いせいか状態の問題なのか、時速百キロを超えたあたりで頭打ち感がある。
荒れた路面では揺れもひどい。あんまり長く出したい速度ではない。
二十分ほど走ると、監視者の反応は消えた。追跡を諦めたと判断して、少し速度を落とす。こちらの道路状況を考えると、安全に走れる巡航速度は六十五キロくらいだ。
「その丘を越えた先に、渓谷がある。そこは、ちょっと危ないって聞いてる」
「へえ。でもナルエルは、そこを越えてきたんだよな?」
「そう。谷底に、捨てられた人骨が転がってた」
ん? 捨てられた? なんか微妙にコミュニケーションがズレている印象があった。
「危ないって、物理的にじゃないの? 吊り橋がボロいとか、路肩が崩れやすいとか、そういう」
「それもある。けど、現地の住民にタチの悪いのが混じってる」
わかってきた。俺は丘を越えたところで車を減速させる。助手席と後部座席のガールズが一斉に戦闘態勢に入った。
「カネになりそうな奴が通ると山賊になる」
「……みたいだな」
渓谷に向かう緩い坂道。道が倒木で半分がた塞がっていた。左脇の斜面で土砂崩れが起きた、みたいな体裁を取ってはいるけれども。
十人ほどいる男たちは、誰も倒木の撤去作業をしていない。倒木自体が倒れてからずいぶん経ってるし、傾斜からの距離もおかしい。見慣れない乗り物が聞き慣れない騒音を上げながら走ってきたというのに、こちらを振り向きもしないのも不自然過ぎる。襲い掛かる間合いを測っているのが丸わかりだ。
倒木に立て掛けてある斧は伐採用ではなく、戦闘用だろう。ティカ隊長が愛用している戦斧よりも、ひと回り長く大きい。
相手は見たところドワーフと人間とエルフと獣人、人種も体格もバラバラだ。
「やっぱり。前のときは無視して突っ切ったけど」
ナルエルが呆れたように失笑を漏らす。
「あいつら、オルークファとつながってる」
「え」
「領主と揉めてタキステナを出たひとのなかで、南側ルートに向かった者は、その後の連絡が途絶える。南西部は魔物も多い、とはいえ割合がおかしい」
まだ確証はないけど、と言ってドワーフ娘は車から降りる。確証は、これから得るというように。
「ヘイゼルちゃん、手を貸してほしい。殺す前に、あいつらから情報を聞き出したい」
ふふっと笑みを漏らして頷き、ヘイゼルは助手席から降りる。彼女が自分から話したのかナルエルが察したのかは知らないが、尋問なら彼女の能力が最適だ。
「ヘイゼルちゃん、ふたりで大丈夫ニャ?」
「ええ、もちろん。エルミちゃんは、車に近付く奴がいたら足止めをお願いします。マチルダちゃん、重機関銃で後方の警戒を」
「わかったニャ」
「任セろ」
「ミーチャさん、すぐ済みますからエンジンはそのままで」
俺が頷くと、ヘイゼルとナルエルは男たちに向かってスタスタと歩いてゆく。ヘイゼルはリボルバーがあるとはいえ、ナルエルは完全な丸腰だ。距離が五メートルほどになると男たちが一斉に動き出す。
「野郎ども、ぶち殺せッ!」
それぞれ戦斧や棍棒を引っ掴んで、ふたりの――見た目だけなら小柄で華奢で無防備で無警戒な――ポータブルサイズの災厄に向かってゆく。
「相手の力量も見極められずに盗賊の真似事なんて、感心しませんね」
そう言ってリボルバーから放たれた銃弾が六発。襲ってきた男たちの片膝を砕いていた。突進する勢いのまま地べたに転がった盗賊集団は凄まじい痛みに身悶え、悲鳴と罵倒の言葉を喚き散らす。
残る四人のうち、ひとりはボスと思われる筋骨隆々の巨漢。後方の三人は倒木の陰で弓を構えようとしていた。
「ではナルエルちゃん、どうぞ」
「感謝する」
目の前に立った小娘から馬鹿にされたとでも思ったのか、大男は唸り声とともに巨大な戦斧を横薙ぎにする。魔物でも一撃にできそうな斬撃を、ナルエルは指先でつまむ。
「あッ⁉」
体重で四倍はありそうな巨漢が必死に引っ張るものの、刃先を押さえられた戦斧はビクともしない。
どうなってんだ、その超常能力。ドワーフの血が、っていうなら相手の巨漢も混血っぽい雰囲気だし。なんかの魔法による底上げなのか。
「さて」
再装填したリボルバーで弓持ち三人を撃ち倒し、ヘイゼルが男を振り返った。
銀髪メイドの微笑みを見た盗賊のボスは、いまになってガタガタと震え始める。
「お、お前、ら……」
「はい?」
「……な、何モンだ」
無言のまま足を払うと、大男はグリンと半回転して頭から叩き付けられる。
呻く男の額に指先を当て、ヘイゼルの表情がどんどん険しくなってゆく。どうやら、怒らせちゃいけない相手を怒らせたようだ。何をしたんだ、お前ら。
「行きましょう。こいつらは用済みです」
リボルバーの残弾で、ボスの両膝を撃つ。最後の一発は、股間に。悲鳴を上げて転げ回る男たちを気にも留めず、ナルエルとヘイゼルは車に戻ってくる。
「とどめは刺さなくて大丈夫か?」
「ええ。治癒魔法が使えそうなエルフは殺しました。それに、ロックベアの群れが来ますから」
「ロックベア、ってそれは……あれか。アンデッドで襲ってきた、皮膚が岩みたいに硬い」
「それですね。元いた世界のクマもそうですが、変わった習性があるんです」
「ま、待ってくれ、頼む……!」
恐怖と絶望に引き攣る男たちを置き去りにして、俺はランドローバーを発進させる。
「彼らは食肉を日持ちさせるために、巣に運んでからも生かしておくんです。美味しく食べる、直前まで」
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