リンクス・ダウン
タキステナ領主への攻撃を済ませて機首を回した瞬間、コクピットからはアラームが鳴り始めた。
「おい、ヘイゼル⁉︎」
「大丈夫です、ミサイル攻撃の警報じゃありません」
「それは、そうだろうけどさ。でもこれ……」
「燃料切れです」
「おい!」
いささか、無理があったのだ。手持ちの資金は百三十万ポンド、二億円近かったので何を買おうとどうにかなんだろと思ってしまった。実際どうにかはなったんだけど、ヘリなんて衝動買いするもんじゃない。
いままで航空機は避けてきてたのに。
購入したのはイギリス製の、ウェストランド・リンクス汎用ヘリ。AH.1GTという陸軍仕様の対地攻撃型だ。二基の汎用機関銃の他に“ 光学追尾有線誘導”ミサイルを八発搭載している。
前にヘイゼルから購入打診があったウェストランド・スカウトという――性能はともかくあんまカッコ良くない――汎用ヘリは、軽攻撃タイプで約一千万円だった。
リンクスというのは、そのスカウトより大きくて新しく高性能な機種だ。それがヘイゼルの調達機能で約六百万円。“ちょっとワケあり品”という説明が気になるものの、機体の状態は思ったより悪くなかった。
問題は運用維持費だ。TOWミサイルも高額ではあるが、バカ喰いするジェット燃料が厳しい。おまけに……どこでどういう需要があったのやら、いまDSDに航空機燃料の在庫が少ないのだ。手に入れた燃料は経済速度で往復ギリギリ。見切り発車したものの、案の定タキステナ上空での戦闘機動で復路の分を使い切ってしまったわけだ。
「どこか離れた場所に着陸できるか?」
「着陸は可能ですが、おかしな監視が付いていますね」
俺には見えんが、マチルダに目をやると頷きが返ってきた。タキステナの戦力だとしたら魔導師か魔道具持ちか、何にしても厄介な相手だろう。
「みなさん、つかまってください」
後席の外部銃座に着いていた俺とエルミは、降下する機内で周辺の警戒を続ける。銃架に載せられているのは、車載兵器としても使ったMAG汎用機関銃。特殊作戦にでも使ったのか、TOW発射時はドアから離れないと危ないという、どこか運用のおかしい機体だった。
「着陸したらランドローバーを出します。すぐに乗り換えてくださいね」
「「「わかった」」」
不時着と墜落の中間、くらいの勢いでリンクスは湖畔の平地に降りる。タキステナを囲むように広がる塩湖の南端だ。向かってくる者がいれば視認するのは容易いはずなのに、それらしい姿はない。
「接近すル様子はなイ。距離を置イて見張ルつもりダな」
リンクスを仕舞ってランドローバーに乗り込む。俺が運転席に座り、ヘイゼルが助手席のL7汎用機関銃、ナルエルが後部銃座のM2重機関銃に着く。
「ナルエル、ゲミュートリッヒまで戻る道はわかるか?」
「森を抜けたら街道に出る。そこから百哩ほどは道なり」
タキステナからサーエルバンまで約二百キロ、ゲミュートリッヒまでだと二百四十キロくらいだったか。
無事に切り抜けられれば良いが。
ランドローバーを森の小径に乗り入れる。ひとだけではなく馬車の行き来もあるらしい。道幅も路面も、車輌の通行に支障はない。
「左側はわたしが対処します。エルミちゃんマチルダちゃんは右側をお願いします」
「わかったニャ!」
「ナルエルちゃんは後方を」
「任せて」
回転銃座の重機関銃をグリンと後ろに向けて、ナルエルが追撃に備える。体格の小さな彼女は荷台に立って射撃するのは難しかったのか、銃座の枠組みに腰掛けている。
プラプラ揺れる足しか見えないけど、緊張どころかエラく楽しそうな感じ。
「ナルエル、大丈夫……だよな?」
「もちろん。ただ、困った」
ドワーフ娘は、言葉と裏腹の弾む声で応える。
「胸の高鳴りが、止まらない」




