釣られた餌
ちょい短いす
ヘイゼルが通りに立って、光るパネルを展開させる。周辺地図が表示されたそれは、25ポンド砲の砲兵観測を行うためのものだ。
「エルミから連絡は?」
「いいえ。いまは通信圏外です」
マチルダはゲミュートリッヒから東北方向に飛び立った。軍用携帯無線器”の通信距離は五百メートル前後。彼女たちの速度だと、離陸してもすぐ圏外になる。
連携して行動する地上部隊内での運用が、本来の使い方なんだろう。偵察飛行任務には向いていないが、しょうがない。これ以上の長距離通信器は抱っこ観測機なふたりには文字通り、荷が重い。
「まだ飛行は直線……いま右旋回に入りました」
時計回りでの旋回は、“脅威なし”のサインだ。パネル内の光点表示を見る限り、ずいぶんと旋回半径が大きい。調査対象の位置が正確に特定できていないか、あるいは直近の脅威ではないが接近するのが危険と判断したかだ。
その大きな弧がいきなり急角度で曲がる。加速して一点に到達した後、少しその場に止まった。
「何か発見したんでしょうか」
「そうみたいだな。攻撃を指示していないってことは、敵じゃないと思いたいんだが……」
ハラハラしたものの、光点はすぐこちらに向け動き始めた。攻撃でも受けたのか少し蛇行した後で、速度を上げて向かってくる。
東の空を見ていると、いくぶん不規則な軌道で飛んでくるものが見えた。当然マチルダなんだろうけど、なんだか動きがおかしい。
「誰かエルミちゃん以外のひとを抱えてますね」
「ひと?」
見ているうちに、俺にも姿が確認できるようになった。翼を広げるマチルダがエルミを抱え、エルミがもうひとりの……たぶん人狼の女性を抱えている。親亀子亀みたいでコミカルではあるが、その女性はエルミより体格が大きいので、見ていて危なっかしい。
手を振るこちら目掛けて真っ直ぐ飛んできたマチルダが、通りの真ん中に着地する。へたり込んだ人狼女性はアワアワしてるので、ヘイゼルがペットボトル入りのミネラルウォーターを渡す。
ほとんど一気飲みした女性は、そこでようやく息を吐いた。
「……し、死ぬかと思った」
「それは、空を飛んだから? それとも、誰かに襲われてた?」
「両方」
俺の疑問に答えは返ってきたものの、状況はイマイチよくわからん。それを理解したマチルダとエルミが、すかさずフォローを入れてくれた。
「東北方向約六キロ半、死霊術師がいル。視認できタ限りデ、アンデッドが四体から七体」
「そのうち一体は、たぶん龍なのニャ」
「「え」」
人狼女性が頷き、逃げてきた方角を指す。
「乗ってきた馬車が、いきなり襲われて。御者と、護衛は、やられちゃった」
「着いたときには、もうダメだったのニャ」
アンデッドがどんなもんか正確にはわからんけど、要は魔物のゾンビだろ。周りの表情を見る限り、ひとり生き残れただけでも幸運だったようだ。
というかこのひと、なんでまた好きこのんで、こんな辺境に向かってた? この先には獣人を虐待するアホ王国しかないのだが。
「まあ、あなただけでも助かってなによりだな。それで、どこに行こうとしてたの?」
「どこって、ここですよ」
人狼女性が足元を指し、開き直ったような顔で俺たちを見る。
「ゲミュートリッヒに開設された、冒険者ギルドの職員に任命されました、アマノラです!」
「ああ……そうか」
そういやティカ隊長が、そんなこと言ってたな。二、三日で着くって聞いたの、いつだっけ。あの後ナルエルが来て、ドタバタしてるうちに忘れてた。
ティカ隊長が、へたり込んだままのアマノラさんを立ち上がらせて、服の汚れを払う。
「よく来てくれた。わざわざ志願した元冒険者だと聞いていたんだが、本当か?」
「たしかに志願はしましたけど、ひとりでアンデッドの群れを蹴散らせるような腕はないですよ⁉︎」
「もちろん、わかっている。あたしも、そんな奴は聞いたこともない」
俺たちを振り返って、アマノラさんに掌で示した。
「こいつら以外にはな」




