社畜と朝食を
ナルエルを迎えた翌朝、早くもガールズは仲良くなったらしい。いくぶん寝過ごした俺が起きだすと、キッチンでは三人の女の子と……たぶん女の子なヘイゼルが楽しそうに笑いながら朝食の準備をしているところだった。
「え? ワイバーンを、食べる⁉︎」
「そうダ。あレは美味イぞ?」
「まだ在庫はありますから、ミーチャ店長に聞いて、お店で出してみましょうか」
「あ、てんちょー起きてきたのニャ」
四人はキャッキャうふふと話しながら手分けしてダイニングスペースにお皿を並べ、料理をよそっている。口々に挨拶されるけど、なんだか俺の呼び方が変わってるな。
「店長?」
「このお店のボスがミーチャさんだと話したんです。では、店長というのが良いのではないかと」
ヘイゼルから、そういう呼び方に抵抗があるかと確認された。抵抗はない。ないが……
「仕事中は良いけど、四六時中そう呼ばれるのは嫌だな」
「てんちょーじゃないのニャ?」
「そうかもしれんが、できれば俺は働きたくないんだよ。いつでも誰でも店長の座を譲ってやるぞ」
ガールズからの志願者はなく、呆れ顔で首を振られた。
みんなが食卓について、和やかな朝食が始まる。ナルエルも幸せそうな顔で笑いながら会話に加わっている。不思議な子だな。なんでか最初から五人で食卓を囲んでいたみたいに、しっくりと馴染んでる。
「ミーチャさん、どうしました?」
「いや、なんでもない。これ美味いな」
メニューは具沢山のスープと丸パン、マッシュポテトを添えたムニエルっぽい魚。乳脂とハーブの風味が合わさって、すごく良い。
「跳躍鰱の香草焼きです」
「美味。ここの食事は、本当に、どれも美味」
「ナルエルって、タキステナではどんなもん食べてたんだ?」
興味本位で尋ねてみると、ドワーフ娘はナイフとフォークを手にしたまま固まってしまった。
もしかして悪いことを訊いたかと思ったものの、彼女は怪訝そうな顔で首を捻る。
「思い出せない」
「「「え?」」」
「何を食べてたか……いや、そもそも食べていたのか?」
「「「ええええぇ⁉︎」」」」
差別や虐待を受けていたわけではなく、研究に没頭すると“その辺にあるものを適当に口に入れてた”のだとか。元社畜としては、すごく身に覚えがある。
おまけに寝るときも“その場で適当に”というから実にステレオタイプなエンジニア像である。
「ナルエル。ひとつだけ約束しろ」
いっぺん釘を刺しておくべきだろうなと、俺は過去の自分を棚に上げる。オッサンでも見てて辛い姿なのに、若い女の子でそれをやられるのは耐えられん。
どうも目付きがキツくなってしまったようで、元マッドエンジニアなガールは神妙な顔で向き直る。
「もちろん。置いてもらえるなら、わたしはなんだって……」
「そうじゃない。居たければ好きなだけ居ろよ。助けが要るなら手を貸すし、やりたいことがあるなら協力する。でも、飯はちゃんと、まともなものを食え。そして、夜はちゃんと寝ろ。ベッドでな」
ポカーンとした顔で見る。なんだその宇宙人を見るような目は。
「なぜ」
「その疑問が出る時点でおかしいと自覚しろよ。わかるけど。目の前の作業にのめり込む気持ちも、他の問題が時間の無駄だと思いがちなのもな」
経験としてわかってないのか、若いから無理が利くのか。どうもピンときてないな。
もし本人が大丈夫だとしても、俺がそうして欲しくない。ここで共同生活を送るなら、特にだ。
「その日で終わる作業なら、しょうがない……ときもある。でも完成まで長い期間を費やすなら、日々の寝食を怠るな。後で必ず、結果に差が出る」
「ああ……うん。わかった」
「ずいぶん具体的ですね。ミーチャさんも、似たような暮らしだったからですか?」
ヘイゼルに言われて俺は首を振る。思い出したくない記憶がチラホラと脳裏に蘇る。そこらへんの駄菓子やら栄養ドリンクやらコーヒーシュガーやらで空腹を紛らせて、限界がきたら並べた椅子か床で寝てた。
覚えてないが、そのせいで死んだんじゃないかなと思う。
「……まあな。あと風呂にも入った方が良いぞ。俺は、えらいことになった」
こればっかりは、女の子には余計なお世話かもな。そう言いかけた俺はナルエルが深く頷くのを見て、余計なお世話じゃなかったことを知る。これ絶対、なんか身につまされるような体験があるわ。
若い娘さんなんだから、せめて風呂くらい入れ!




