怪物たちの紐帯
「敵の親玉が、これ持ってたのニャ」
エルミが差し出してきたのは、平べったい金属プレート。カウボーイが着けてるようなベルトの大型バックルに似てる。襲撃部隊の指揮官が身に着けていたというそれは、エルミの手のなかでほのかに青白い光を放つ。俺が手に取ったところで光は消えたから、持った者の魔力に反応しているんだろう。
「なに、これ?」
「魔術短杖に似た魔道具ダ。妙ナ魔法陣が刻んデあル」
魔力のない俺には無縁な代物なので詳しくはないが、ワンドというのは魔力伝導率の高い素材でできた棒だ。魔力を収束させることで魔法に指向性を持たせ、威力を嵩上げする。エルミも愛用のワンドを持っていたが、ステンガンを使い始めてからは自分の部屋に置いたままになっている。それはともかく。
マチルダによると、このプレートは魔法を効率的に広げる用途のものだそうな。
「広げる? 何のために?」
「隠蔽や防壁の魔法を、薄く広く散布するトかだダ。ワタシのいたトころデも、似たヨうなモのを耳長が使ってイた」
本来は収束・増幅するべき魔法を広く薄く散らすというのは、魔力量に優れたエルフが使う分には有効なんだろうけど。魔力の量も質も圧も限界のある人間が使ったところで効果を下げる結果にしかならない。
実際、侵攻部隊が壊滅した最大の原因は上空から発見されたことなのだから、足枷にしかなっていない。
「耳長の考えソうなコとダ」
「マチルダちゃんに賛成です。それを装着させたのはオルークファですね。サーエルバンに入り込んでいた、タキステナの領主」
「だったら、それは廃棄した方が良いな」
ティカ隊長が忌々し気に俺の手のなかにある金属片を見た。
「あの老害エルフが作らせたものだとしたら、紐付きだ」
「紐……こちらの情報を収集する機能があるってこと?」
「それだけで済めば良いがな。可能なら嫌がらせ程度はしてくるぞ。中央と北部のエルフは、亜人を憎み蔑んでいる点では人間以上だ」
手を出してきた隊長に金属片を渡すと、アルミ缶でも潰すみたいに片手で丸めてしまった。パチッと青白い火花が散って、それきり金属片は何の反応も見せなくなる。
「それにしても、良くやってくれたな、エルミ。マチルダもだ。助かった。あたしたち町の者は皆、とても感謝している」
「ニャ⁉︎ ウチらは、そんな大したことしてないのニャ」
「いいえ、大手柄ですよ。エルミちゃんマチルダちゃんがいなければ、25ポンド砲も目視可能な距離まで待つしかなかったんですから」
「ヘイゼルちゃんたちまで……困っちゃうのニャ♪」
エルミは驚きつつ照れてクニャクニャしながらマチルダの後ろに隠れる。この子、褒められ慣れてないのな。
グイッと自分の手前に引き寄せると、マチルダは目の前の猫耳娘を背後から抱き締める。
「困るコとなド、何もナい。誇レ、我が友よ。我らは、成スべきコとを、成し遂ゲたのダからな」
「……はいニャ」
ふたりはニッと笑いながら、みんなのお礼に笑顔で応える。
◇ ◇
「反応が消えたよ」
学術都市タキステナの領主館。オルークファの執務室で、ちんまり小柄な少女が手元の金属プレートをつまらなそうに振った。
「勘付かれることは想定内だ。ナルエル、それまでに、わかったことはあるだろう?」
「向こうもそう思ってる」
「なに?」
「襲われるのも、殲滅するのも。“老害エルフ”が聞き耳を立てていることも、想定内」
ナルエルと呼ばれた少女は、金属プレートを机に放る。そこには領主への敬意など微塵もない。
わずかに苛立ちはしたものの、オルークファはその感情を飲み込む。無理に笑みを浮かべて、少女にもう一度尋ねた。
「ナルエル、わかったことは……」
「なんでこんな形にしたの。こんなのバカが見ても仕込みだってわかる」
彼女は聞いてない。聞く気もない。だが多くの場合、勝手に喋らせた方がこちらが望む結論に早くたどり着く。経験から判断して、オルークファはナルエルの質問に答えることにした。
「価値あるものと思わせれば、敵は手元に取り置きたがる。情報を得るためには必要なことだ」
「有用な情報を持ってる相手なら、この程度の魔法陣は読み取る。これが通用するほどのバカなら、得られる情報なんて価値がない。違う?」
「それは……」
「結論ありきで進むのが耳長の悪いクセ。いつでも現実より理想、目的より体裁を求め、そして失敗する」
彼女はタキステナに数百いる魔導師のなかでも、群を抜いた天才。そして、類を見ないほどの変人だった。
ドワーフの血を引く混血で、魔導師にして魔道具職人という変わり種だ。ボサボサ頭に不機嫌そうな顔。薄汚れたローブと、腰にぶら下げたお飾りの魔術短杖。
魔力量にもその行使にも長けたナルエルには、杖など必要ない。タキステナでは魔導師の身分証として身に着けるのが義務だからだ。
「わたしのことはいい。早く、わかったことを教えなさい」
金属プレートに刻まれた魔法陣は、魔力と魔圧が高いほど多くの術式が解放され、多くの情報を得られる。
単純で安価で有効という優れた設計思想のそれは、ナルエルの作ったものが原型になっていた。
「これは魔導通信器の置き換えを考えて作った魔法陣。発展のために権利は放棄したけど、こんな使い方は危険」
「危険? 敵にとっての危険など」
「違う。基礎は相互通信用の術式。いくら安全弁を掛けても、相手側の魔導師が優位だと、こちら側が干渉される」
タキステナの学徒、なかでも特に魔導師には、“自分は選ばれた優等種”という誇りや奢りがあるものだが、ナルエルにはそれもない。あるのは興味と、自分なりの価値判断だけ。
そして、いま彼女は本件についての興味を完全に失ったのだろう。得られた情報を報告もせず、領主に挨拶もせず用は済んだとばかりに扉へと向かう。
「領主権限を振りかざすのは良いけど、せいぜい気を付けて」
「ほう? すべてを蹴散らす“薙ぎ倒し”ナルエルが、この老害を気遣うか」
「あんたがどうなろうと構わない。けど、周りを巻き込む」
挑発と嫌味の混じったコメントを完全に無視して、ナルエルは去り際にチラッとだけオルークファを見た。道端で死にかけている獣でも見るような、無関心にわずかな哀れみを込めた目だ。
「あそこには、化け物がいる」
執務室を出ると、廊下を歩き出す。その足が早まってゆく。領主館から飛び出して、ナルエルは初めて笑った。キョロキョロと方角を探る。さっき見た光景を。それがあった場所を見極める。
「いた。化け物。こっちを見た。それに、得体の知れないもの、いっぱい」
ぶら下がったままの魔術短杖を腰から紐ごと引きちぎる。そしてローブも毟り取り、放り捨てた。
「生まれて、初めてだ。あんなにワクワクしたのは!」




