フェイタル・エイム
「……仕留め損ねたのニャ」
森の上空、胸元に抱いたエルミが悔しそうに呟く。その声を聞いて、マチルダは旋回しかけた飛行軌道をわずかに修正する。
殿軍に残った猟兵がひとり、森から出て倒木の陰に隠れた。動きが鈍く、遮蔽から動こうとしない。弓以外の装備を捨てていることから、死兵として仲間を守ろうとしているのがわかった。
森の奥に、まだ敵は二名いる。猟兵と、最も手強そうな魔導師だ。
「“25ぱうんだー”のタマを、森の上に落トさせルか、そレとも」
「ウチらで、終わらせたいのニャ」
「良かろウ、友ヨ」
即答したマチルダは、“脅威なし”のサインを一周分だけ送る。伝わるかどうかはわからないが、ヘイゼルなら理解してくれるだろうと判断した。
「我らふタりナらバ、必ズ成せル。だが、己が身の守りを第一に考えルのダぞ」
「わかってるニャ」
速度を上げながら大きく旋回して背後に回り込み、倒木の陰で弓を構えていた猟兵を短機関銃で撃ち抜く。
最期の力で放った矢を躱され、猟兵は自嘲するように天を仰いで崩れ落ちた。
森の奥から、わずかな魔力の反応がある。
「マチルダちゃん、避けて!」
声と同時に反転して急降下を掛ける。連続して打ち上げられた炎弾が翼を掠めた。ふたりが身を翻す方向を先読みしたように、追撃の鏃が飛んでくる。
生き残った魔導師は、魔法の威力よりも使い方に長けた術者だとわかった。弱いが大量の連続攻撃、距離を取らせる目的だったのだろう。見下ろした樹冠の隙間に、駆けるふたりの姿が見え隠れしていた。
まだゲミュートリッヒに向かうつもりなのか、それとも生き延びるための逃走かわからない。木々の薄い位置まで先回りするべきか迷う。
「マチルダちゃん、その先で降ろして欲しいのニャ」
「駄目ダ」
「ウチなら大丈夫ニャ、逃げ隠れするのと治癒魔法は得意だから絶対……」
「駄目ダ。エルミが行くなラば、ワタシも行ク」
エルミはクスッと幸せそうに笑って、自分を抱えたマチルダの腕を撫でる。
「……うん。一緒なのニャ」
◇ ◇
「……ソクル、様。……空飛ぶ亜人、……撒け、ましたかね」
「いや」
姿は見えないが、上空の気配は消えていない。いまの体力と傷と環境では、安全圏まで走り続けられないことはわかっている。どこかで反撃のため策を講じなければ、凄惨な死を呼ぶ魔道具で狩られて終わりだ。
「その坂を下れば森が切れます。回り込まれる前に」
「しッ」
近くの茂みに猟兵を伏せさせ、その横で気休め程度の姿態隠蔽を掛ける。いつでも物理遮断を張れるように身構えながら、薄く気配察知を展開した。
ソクルは魔導師として二流程度の腕だが、発動の速さと多重展開する器用さには自信があった。術式の高度さと複雑さだけが価値基準の学術都市タキステナでは、“器用貧乏”と嘲笑われるだけの能力だったが。
学士より兵士になった方が成り上がれたのかもしれないと、いまになって思う。
「……エイヤル、レ、オーファイネ、サーマ、ネストリニーヤ……♪」
息を殺して敵の位置を探っていたソクルの耳に、奇妙な歌声が聞こえてくる。聞き慣れない旋律に、聞き慣れない文言。発声の独自性と規則性から、“デタラメ語”ではないと判断したが、古語を含む七言語の素養があるソクルでも聞いたことのない言語だ。
「……リーファイナス、コーリニア、イクラン、リロ、ラーファ……♪」
その声はどんどん近付いてくるというのに、姿は見えず気配も察知できない。傍らの猟兵は忙しなく目を泳がせているが、恐慌状態にあるのが手に取るようにわかった。早く対処してくれと魔導師であるソクルに懇願するような視線を向ける。
だが兵士であろうと魔導師であろうと、どこにいるのかもわからない相手に取り得る手段などない。
「……ラ、ロスタ♪」
ズブリと、頭上から伸びてきた黒い杭のようなものが猟兵の脳天を貫いて顎から下に抜ける。
キョトンとした顔でソクルを見た瞳が、光を喪う。引き抜かれた杭を追って目を上げると、高い枝に腰掛けた少女がつまらなそうな顔で見下ろしていた。その指には、長く伸びた漆黒の爪。魔力を物質化するほどに高められる種族は、亜人のなかでも極く一部でしかない。
遥か昔に滅びたと言われ、タキステナの膨大な文献のなかでもわずかに残っているだけだ。
「貴様、魔ぞ……ッ」
ふと横に感じた気配が、ソクルの最期に意識したものだった。
拳銃弾にこめかみを撃ち抜かれた魔導師は、脳を森にぶち撒けながら崩れ落ちた。
「……マチルダちゃん、それ何の歌ニャ?」
「ワタシのいたトころデ、葬送に歌う曲ダ」
“死を恐れる者は、幸いである。そこに価値を見出したのだから”
“死を望む者は、幸いである。それから解放されたのだから”
マチルダから歌詞の説明を聞いて、エルミは首を傾げる。
「キレイな歌だけど、言ってることはよくわからないのニャ」
「……ワタシもダ」
ひょいと枝から飛び降りた魔族の娘は、獣人の友を抱き寄せた。
「サあ、帰ろう。……我ラが町へ」




