グラウンド・ゼロ
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「上がって来ルぞ。用意は良イか?」
「はいニャ」
稜線の南西側、マチルダとエルミは山頂近くの草むらに隠れたまま近付いてくる気配を待ち構えていた。マチルダの演技を真に受けたのか、勢い込んで声を上げながら崖を登ってくる。
「猟兵部隊で左右を包囲、手は出さなくて良いぞ」
「「応ッ!」」
魔導師が術式を展開する気配に、マチルダはエルミを抱え込む。素早く翼を展開すると空に逃れて急速旋回を開始した。飛び立ったのを見た猟兵たちから鏃が放たれるものの、今度は易々と躱す。射撃位置まで誘導を果たしたいまとなっては、当たってやる義理などない。
「攻撃魔法が来ル。少シ、振り回スぞ」
「だいじょぶニャ」
不規則機動を混ぜながらヘイゼルと事前共有してあった二周の旋回を済ませる。包囲に失敗した猟兵たちは上空のマチルダたちを恨めしそうに睨みながら短弓や投石器を構えていた。
エルミが短機関銃で射撃を加えようとするものの、敵は銃口を向けられるたびに岩や木の陰に逃げ込む。
「すてんじゃ、無理そうなのニャ」
「大丈夫だ。来ルぞ」
マチルダが、顎で南西方向を指す。
ひゅるると短い飛来音の後で、山頂の西端にあった遮蔽の岩が、隠れていた猟兵ごと破裂して飛び散った。
「ああああぁッ!」
「猟兵、状況は!」
「二名負傷……死亡!」
「そいつらから距離を取れ!」
危うく直撃を避けた猟兵の一団が、慌てて東側に逃れてゆく。山頂は切り立った斜面の上にあり、ずっと逃げ回れるほどの面積はない。登ってきた断崖絶壁に戻るという判断が最適なのだろうが、上空からの射撃と遠距離からの砲撃で、敵兵は冷静な判断を下せる状態にない。
「ウチらが撃ったと思ってるみたいニャ」
「それならそれで構ワん」
マチルダは東側に軸をずらして“残敵表示”を始める。時間差があるせいか二発目は無人の西側斜面を抉ったが、三発目は逆に身構える敵の東端に着弾した。
直撃は避けられたものの、半数以上が爆風で薙ぎ倒され飛散した岩と砲弾の破片で数名が重傷を負う。
「ぎゃああああぁッ!」
「ソクル様、退避を!」
「逃げる先などあるか! 死にたくなければ、前進しろ!」
指揮官ソクルの判断は素早かった。他に選択肢などないのだ。
特別任務部隊に課せられた命令は、ゲミュートリッヒへの侵攻と破壊工作。任務の過程でいかなる困難があろうとも、どれだけの犠牲が出ようとも、目的地に向かうしかない。
「動ける者は森まで駆け込め! そこまでは魔導防壁を展開してやる!」
「待……ッ」
「負傷者に構うな! これは命令だ!」
南西方向の急斜面を四百メートルほど降りれば、深い森に逃げ込める。上空からの攻撃を避けて、態勢を立て直せる。最低限の兵員は生き延びられる。
「前進、急げ!」
「待って……くッ、だ」
ソクルと猟兵数名が頂上を離れた途端、血塗れでのたうっていた負傷兵たちが爆散する。これで未練がなくなったと、損害を割り切る。
「急げ急げ! あと三十メートル強だ!」
「先に行ってください、援護します!」
年配の猟兵長が短弓を構えて叫んだ。咎めようと振り返ったソクルは、真剣な表情を見て理解する。その顔は青褪めて死人のようだ。片膝をついた太腿から、大量の出血がある。自分は走れず、もう長くないと悟ったのだろう。部下や仲間を守ると決断した。
「任せる!」
「応!」
残る猟兵は三名。ソクルは魔導防壁を維持しながら必死に足を動かし、森に向けて斜面を駆け下りてゆく。背後で怒号が上がり、上空から魔道具を放つ弾けるような音が響いた。
「……猟兵長、戦死」
森に駆け込んだソクルは大きな木の陰に転がり込む。生き残りの猟兵が荒い息とともに、報告してくる。
「……空飛ぶ、亜人はどうした!」
「あそこ、に……ッ⁉︎」
上を指した猟兵の頭が弾けて、崩れ落ちる。樹冠の隙間から、上空を旋回する黒い翼が見えた。まだこちらの殲滅を諦めてはいないらしい。こちらがゲミュートリッヒへの攻撃を諦めていないのだから、当然か。
「ソクル様、あれは、なんですッ⁉︎」
「……さあな。おかしな魔道具を使うとは、……聞いていたが。……まさか、あれほどとは」
大規模攻撃魔法のように思えた謎の爆発は、不思議なことに魔力の反応がなかった。空飛ぶ亜人が持っている魔道具もそうだ。どういった原理によるものか、ソクルには理解できない。
そんなことは、どうでもいい。問題は、この状況をどう切り抜けるかだ。
「おい、すぐに動くぞ。攻撃は空からだ。森のなかでは被害も抑えられる」
ゲミュートリッヒまでは、十一キロ強。尾根に出たところで視認できたはずだが、そんな余裕は微塵もなかった。
「……先に、行ってください」
残る猟兵ふたりのうち、ひとりがその場に残る。目立った出血は見られないが、汗がひどい。唇を歪めてわずかに咳き込むと、血を吐いた。
「……あのデカい攻撃で、……吹き飛ばされてから、……目も耳も、……内臓も、おかしいんです」
弓と矢筒だけを残して、携行袋を差し出す。
「なかに水袋と携行食と、報奨金が」
「要らん」
ソクルは笑って、猟兵に押し返す。
「どうせ死ぬ。俺も、お前もだ。それは、煉獄を抜ける駄賃に使え」
猟兵は鼻で笑って、敵の待つ後方に歩き出す。
途中で携行袋を捨て、剣を鞘ごと捨て、矢を数本抜くと矢筒も捨てた。それでも決意を秘めて、よろめきながら森の端まで歩いてゆく。
「……永遠の苦難の地?」
猟兵は、振り返って笑った。
「ここがそうですよ、隊長殿」
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