おもてなし
なんやかんやとお騒がせなマカ領主エインケル爺ちゃんは、心ゆくまでウィスキーを鯨飲した後で衛兵隊のソエルに護送されていった。持ち帰り用に買ったウィスキーのボトルを二本持って。
「また来るぞぉい!」
「「「待っとるぞぉい!」」」
なんだそのコール。
エインケル爺ちゃん、気難しそうな職人のはずなんだけど。ゲミュートリッヒの酒呑みたちを気に入り、また気に入られたようだ。社交辞令じゃなくて、ホントに来るんだろうな。
「……ミーチャ、ちょっといいか」
気疲れした顔のティカ隊長が、閉店間際の酒場を訪ねてきた。
「おう、お疲れ隊長。いつもご苦労さん」
酒を飲まない彼女にお茶と茶菓子を出して、我らがマルチタスクパーソンの労をねぎらう。全員に聞いて欲しいそうなので、手早く片付けを終わらせてエルミやヘイゼル、マチルダも会話に加わった。
「この際、良い機会だと思ってな。明日の朝に、避難訓練を行うことにした」
「そうか。まあ、どう転ぶにせよ非常事態が起きる可能性は高まったわけだからな」
「元からの住人は慣れているが、エーデルバーデンから来た新入り組は初めてだからな。他の皆には説明しておいたが、アンタらも事故のないように頼む」
子供たちは集会所のシスター、大人は鍛冶工房のパーミルさんから概要を説明してあるそうな。
「前にも言ったが、訓練は二系統で行う。サイレンの方は、全員で対処するのは初めてだから先に鳴らす予定だ」
「音に驚いて、いつものように飛び出してしまう可能性があるからですね」
「そうだ。ヘイゼルの言う通り、それが今回の要点だな」
外部から敵が攻めてきたときには、物見櫓で“いつもの鐘”を鳴らす。この場合、避難場所は集会所だ。
そして外からではなく転送魔法陣を使って内部に入り込まれたときには、鍛冶工房のサイレンが鳴る。その場合、対処するのは戦闘員だけだ。非戦闘員は自宅か近くの建物に入り、そこから絶対に出ないよう厳命してある。
戦闘員の動線は衛兵隊・エルフ組・ドワーフ組・獣人組で分かれているが、問題は俺たちだ。どのグループにも参加を想定していないし、頻繁に出歩いていたので動線そのものを初めて聞くことになる。
「アンタたちは、衛兵隊と同じ動きをしてもらいたい。あたしたちが南の正門側、アンタたちは北門側でな」
「かまわないけど、それってどんな?」
「どっちが鳴っても同じだ。侵攻してきた相手の特定と排除。町の住民に危害を加える存在なら、迷わず殺してくれ。責任は、あたしが取る」
それは結構だけれども。なんだか妙にリアルなシチュエーションを想定している感じがした。
「わかった。けど……どういう状況を考えているのか訊いて良いか?」
「今後に起き得る非常事態では、おそらく魔導師が絡む」
◇ ◇
「みなさん、良いですか〜? “おもてなし”」
「「おもてなし!」」
「はい! そうです! それを忘れちゃダメですよ〜!」
集会所の前では、年配のシスター・ルーエが年長の子供たちを集めて声を掛けている。
若いシスター・オークルは幼い子を引き受けて、はぐれないよう手を繋がせていた。
「隊長、“おもてなし”って、なんだ?」
「なんだ、ミーチャは知らんのか。非常時に厳守する五箇条だ。押さない、戻らない、手を繋ぐ、泣かない、しゃべらない」
「へえ……こっちも、そういうのあるんだ」
「何を言ってる。シスターはヘイゼルから教わったらしいぞ?」
驚いて振り返ると、銀髪メイドはドヤ顔でニッと笑った。
「日本的合理主義」
「さすがにブリテンじゃないんだな」
「英国人は、強制されると反抗したがるので逆効果です」
「ひでえ」
時間になると、鍛冶工房のスピーカーから大音量でサイレンが鳴り始めた。非戦闘員は互いに声を掛け合って自宅や最寄りの建物に避難し、戦闘員は各グループごとに武器を持って持ち場に向かってゆく。
衛兵隊は非常事態が発生した鍛冶工房に踏み込み、脅威を確認・排除する役目だ。
「俺たちも、役割を果たすか」
「はい。エルミちゃんとマチルダちゃんに新兵器を渡したのは正解でしたね」
ヘイゼルが頭に着けているのは、昨夜購入した“パーソナルロールレディオ”。ヘッドセット型の軍用携帯無線機だ。状態は良かったが、イギリス軍の現役装備品なので値段もそれなりにした。
この手のものは民生品の方が良いんじゃないかと思うけれども、いま入手可能なのは軍用のみなので致し方ない。
「通信可能な距離は、五百メートル前後だそうですが、感度は良いですよ」
「あの距離で届くなら、買って正解だな」
いまエルミとマチルダは、抱っこ攻撃機ならぬ抱っこ偵察機となってゲミュートリッヒの上空を旋回していた。俺の目では、黒い翼のシルエットが獲物を捕らえたカラスのようにしか見えない。楽しそうに話すヘイゼルの表情を見る限り、町の周囲に異常は確認されていない。
外壁の上で手旗が振られた。避難訓練の第一弾は、無事に終了したようだ。続いて第二段、外部からの侵攻があった場合の訓練だ。
「ミーチャさん」
「ちょっと待って」
ティカ隊長に身振りで了解の合図を送る。
物見櫓に上がっていた衛兵隊のクマ獣人サカフが鐘を鳴らし始めるのが見えた。
「ミーチャさん!」
俺を呼ぶヘイゼルの顔が真剣なのを見て、これが訓練で終わらないことを悟った。
「北東部の山岳地帯に、正体不明の集団。こちらに向けて移動中です」
【作者からのお願い】
マグナム・ブラッドバス進めてたので間が空いてしまいましたが、週末こちらを続ける予定。
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