スケィプダック
アイルヘルンは、王国や聖国、あるいは共和国といった政治体制を表す呼称を持たない。
中央に集権されていない上に公的な意思決定機関もないので、国かどうかも曖昧だ。それは他国からしてもそうだし、領土内の町で暮らしても変わらない。
聞いた限りでは、せいぜい“連邦”くらいの表現が近い気がする。
「隊長、アイルヘルンの中央が戦争をするとして、想定される相手と目的は?」
「それなんだがなあ……」
俺の質問にティカ隊長が苦い顔で答える。
「小競り合いが多いのは、西端を接する王国だ。ただ、そんとき矢面に立つのは西端の町だろ。頭越しに開戦ってのはない」
「だろうね。そんなこと、する意味もないしな」
仮に中央から延々と進軍してきたところで、王国はゲミュートリッヒの前を通ってさらに百キロ以上も西だ。しかも王国で最寄りの集落は、あの寒村エーデルバーデン。勝ったところで得るものもなさそう。
「じゃあさ、聖国がサーエルバンに攻め込もうとして敗けた腹いせに、ってのは?」
「ないな。ミーチャもマイルケから聞いただろ」
サーエルバンの商業ギルド副ギルド長か。首都が壊滅して無政府状態だとは言ってたな。
「地方領主の兵を集めて、とかさ」
「聖国で地方を治めるのは司祭だ。領地を守る兵は持っているが、侵攻戦力はない」
具体的には、馬と補給部隊が足りない。聖国でも外征能力を持った軍事力は少数精鋭として高度化され首都に集約されていたようなのだ。叛乱を防ぐためか隠密性を重視したせいか知らんが、結果的にそれは裏目に出た。
「いまの聖国では、軍の最上位が百人長だと聞きましたヨ」
「上位を根こそぎ殺しちまったからなあ」
サーベイさんとティカ隊長がヘイゼルを見る。ツインテメイドは笑顔で俺を見るけれども。
いや、それ俺は関係ねえ。
「すべては英国の思し召しのままに♪」
なんだ、そのウソ臭いお祈りポーズは。首都壊滅は百パー意図的な転送爆撃の結果だろ。
グランドスラム、とか言ったか。イギリス空軍の超大型九・九トン爆弾。
「魔導防壁で強固に守られた首都は、いわば密閉空間ですからね。そんななかで爆発が起きれば、爆風がどこにも洩れずに挽肉製造機のように……」
「いやヘイゼルさん詳細説明は結構ですマジで」
ともあれ、敵国候補その二も消えたわけだ。
「どこかと戦争するとして、その戦力にサーエルバンやゲミュートリッヒが動員される可能性は?」
「ないな」
「ないでしょうナ」
異口同音に断言してくるのが気になった。サーベイさんもティカ隊長も、表情は暗い。
「ミーチャ。アイルヘルンの領主や町の代表者は、どいつも我が強く利益に汚く名誉にうるさい。そんな奴らが揃って合議などしたところで何も決まらん。いつもな」
「ああ、うん。でも、今回は違う?」
「そこだ。あの傲慢な守銭奴どもが即座に合意をまとめる状況は、ふたつしかない。莫大な利益が約束されている場合か、明確な脅威が迫りつつある場合だ」
隊長に言われて、俺とヘイゼルは溜め息を吐く。
「ウォーレン・バフェットが言ってましたね。ポーカーテーブルで周囲にカモが見つからないとしたら」
ヘイゼルは笑う。
「カモは自分だと」
あるかもしれない幸せ探しは失敗だったのだ。もう、しょうがない。認めるしかないな。
生き延びるためとはいえ、殺し過ぎた。
アイルヘルンの中央が諍いを超えてまで協働し武装し始めるきっかけになった脅威……あるいは仮想敵は、俺たちだ。




