スウィート・テン・ダイヤモンド
「無事に受け取ってもらえたでしょうか?」
魔法陣に対していたヘイゼルは、穏やかな笑みを浮かべて振り返る。……その顔が逆に怖いというのに。
俺とティカ隊長は頷くが、サーエルバンの衛兵隊長コルマーさんはドン引き気味ではある。根が真面目らしい彼は、それも自分たちのためにやってくれたことだと理解して、かろうじてリアクションを返した。
「あの巨大な箱は」
「10トン爆弾。わたしたちからの、心を込めた贈り物です」
俺たちが立っているのは、衛兵の練兵場として使われていたサーエルバン近くの城外施設だ。
周囲は太い木柵で囲われて、ひとの出入りはない。二百メートル四方のフラットなグラウンドがあって、隅に使われていない厩舎と簡易宿泊用の兵舎があるだけの簡素なもの。
当初は騎兵を運用する想定だったようだが、現在はただの訓練施設だという。
「始まったものは、いまさら止められん。考えてもしょうがない。聖都にもギルドはあるからな。結果は、すぐ届くさ」
何度も非常識を経験してもう達観してしまったティカ隊長は落ち着いているけれども。まだ常識人な部分を残しているコルマーさんはそうもいくまい。
「ああ……ヘイゼル、殿」
「はい」
「正直なところ、俺は貴殿らの行ったことを、まるで理解できていない。あれは何だ? 何を送って、聖国はいま、どうなっているんだ?」
ツインテメイドは首を傾げて、どう説明すべきか悩んでいるようだ。
実際、急ぎだったので場所と装備を確保して勢いのままに実行してしまったのだ。ヘイゼルもざっくり解説はしてくれていたが、ざっくり過ぎて俺も完全にはわかってない。この世界のひとなら尚更だろう。
「爆発する魔道具のようなものです。炎と衝撃波と金属の破片をバラ撒いて、周囲数哩を更地にします」
「「「え」」」
具体的な被害規模を聞いて、さすがにティカ隊長もギョッとした顔になる。ぶっちゃけた話、それは俺もだ。
「大丈夫ですよ。転送先が大聖堂でしたら、魔導防壁による結界が組まれているようですから、敷地の外に被害は発生しません」
「……それは、……そう、かも……しれんが、な」
コルマーさんは名状しがたい顔で俺とティカ隊長を見る。そんな顔されても困るが、いまさらなので笑顔で頷いておく。敵は死に、民間人は無事だ。もう、それで良いじゃないか。
「そもそも、爆発するかどうかは彼ら次第です。本来は高い空から投げ落とすものなので、ちょっとやそっとのことでは起爆しません」
「そんな良い笑顔で言われても、不安しかないな。条件は」
ティカ隊長が発した当然の疑問に、ヘイゼルは地面に棒切れで絵を描く。
「四角い移送用木枠のなかに、こう寝かせて入ってますから……先端のここに衝撃を与えるか、鉄の外殻を破壊して爆薬を燃焼させるか、ですね」
「もし、奴らが放っておけば……」
「何事も起きません」
そんなわけねえだろ。
俺たちは全員が、心の声でハモッた。
やる気満々の侵攻軍の鼻先に、敵方からいきなり得体の知れない巨大な木箱が送り込まれて、しかも……
「最後に、ミーチャが横に置いた黒い筒は」
「あれは警告用の音響閃光手榴弾です。とてつもなく大きな音と光が出ますが、至近距離にいない限り死傷者は出ません。……たぶん」
最後にボソッと付け加えたコメントで不安になるが、まあ俺たちの知ったこっちゃない。
怪我があろうがなかろうが、送られてきた異物の装飾品が爆音と閃光を放ったら。薙ぎ倒された兵だけでなく周囲の無傷の人間だって、それが宣戦布告だってことくらい理解する。
恨みや憎しみの矛先が向くのは、魔法陣の向こうにいる俺たちよりもまず、送り込まれてきた謎の物体だろうよ。
箱は高さと幅が一メートル半、長さが三メートルちょっと。なかには尾部を切り離した超大型爆弾が収められ、側面にはティカ隊長の手書きで警告文が記されていた。
「“滅びたくなければ、思いとどまれ”……か。単純明快でわかりやすいとは思うがな」
ティカ隊長は首を振る。そうだ。相手にとってみれば、明白な挑発としか思えんだろう。
「結果はどうなるか……」
俺たちは顔を合わせて苦笑し、ヘイゼルが天を仰いで十字を切った。
「神のみぞ知る」




