ホワイトポープ・ダウン
夜を徹してのお祭り騒ぎで、ゲミュートリッヒの通りは大小様々な肉を調理する香りに包まれた。
腕に覚えのある人たちが総出で挑み、揚げ焼き煮込みに蒸し炒めとバラエティに富んだメニューが並んだ。どれも絶品で、大人も子供も手に手に皿やら串やらを持って食べまくる。
その間にも保存食や換金商品の用意を怠らないのが、さすがのマッサエーナ夫妻だ。
精肉店の前に据えられた巨大な燻製釜からは、モクモクと香ばしいスモークが上がり続けていたのだ。
癖の強いモスキートピジョンとスクリームパロットは調理しただけでは美味しくないとかで、五十羽近い数が燻製にされていた。
「ちゃんと保存用にするなら四、五日は掛かるんだけどね。それじゃガチガチに固いから美味しくないんだよ」
「サーエルバンなら短期保存用の燻製の方が売れると思うよ?」
売り先と売れ筋の読みまでこなすとは、さすがベテランである。
ちなみに、町の酒好き連中は、その夜だけで店に据えられてたウィスキーの大樽を空けた。
あれ百八十リットル入りなんだが。まあ、ずいぶん飲まれて中身は半分を切ってたはずだけど、それにしても最低七、八十リットルはあったはず。
七十リットルて。あんたら、ひとり三リットルは飲んでねえか⁉︎
「ああ、夢のような宴だったな」
「わしらは、なんという幸せもんじゃあ……」
「じゃあ……」
空も白みかけた頃、ドワーフと獣人と人間のオッサン&爺ちゃんたちはウットリした顔で帰っていった。
まあ、みんなが幸せならそれで良いか。またヘイゼルに仕入れてもらおう。
◇ ◇
翌朝は爽やかな晴れ。俺とヘイゼル、エルミとマチルダは町のひとたちと通りの後片付けを行なっていた。
といっても夜のうちに軽く済ませてはあったので、熱が収まるまで置いておいた調理器具や屋台の撤去くらいだ。手分けして倉庫やら店舗やらに運びながら、俺たちは今後のプランを考える。
「ミーチャさん。後始末が済んで商品が揃ったら、またサーエルバンに行きましょうか」
「そうだな。サーベイさんに相談して、必要なら売り先を紹介してもらおう」
「肉以外の魔物素材はギルド経由になるはずですが」
「ギルドか……あんま良い印象ないんだよな。買取価格って、三割方ギルドが抜くとか聞いたしさ」
そういや結局、ゲミュートリッヒに冒険者ギルドを作る話もまだ宙に浮いた状態だな。前にサーエルバンで聞いたときは半月後に開設予定って言ってたから……あと一週間くらい? いまは派遣する職員の選定中とかかな。催促がてらサーエルバンのギルドに顔を出すのも良いかもしれない。
となると、ティカ隊長も連れて行って……
「ミーチャ」
タイミングよく隊長がやってきた。大宴会の翌朝だというのに乱れた様子もなくキチッとしている。さすが街のマルチタスクパーソン……なんだけど、なぜか表情がすぐれない。
「どうした隊長、何か問題でも?」
「ああ。……教皇が死んだ」
なに? 教皇って、聖教会のトップ?
「ティカさん、それは正確な情報ですか」
ヘイゼルが真剣な表情で尋ねる。まさか冗談でそんな話はしないだろうけどな。
「さっき連絡用の魔道具で、アイルヘルンの中央から公示された。情報源は聖教会の広報統括本部だ」
それが事実として、問題になるのはどこからだ? どう対処する必要がある?
「それじゃ、次の教皇はサーエルバンにいた司祭の……」
「ロワンだな。あいつは、もう動き出している。まず、教会のアイルヘルン支部は閉鎖された」
「え? なんで? 教皇ってアイルヘルンにいたわけじゃないよな?」
「本国……聖教会本部のあるコムラン聖国だ。北に四百哩ほど行ったところにある」
亜人排斥思想の強硬派トップであり、いまは聖教会のトップにもなったロワン。
奴は、すでにアイルヘルンを出てコムランに帰国しているという。
「早くも敵対の意思を表明か。隊長、アイルヘルン内部でも何か動くかな?」
「さあな。こっちで亜人が多いのは主に西部と南部だ。北部と東部は変わってゆく可能性もあるが……実害が出るまでには時間がある」
実害が出ること自体は確定しているような口ぶりだ。実際、そうなんだろうな。
「あたしは、これからサーエルバンに向かう。教会と衛兵隊で揉めているようなんでな」
「そんじゃ、乗っけてくよ。どうせ商用で訪ねるつもりだったんだ」
「ミーチャさん、わたしも行きますが三十分だけ時間をください。マドフさん!」
ヘイゼルが鍛冶場に向かおうとしていたドワーフの爺ちゃんたちに手を振る。
へべれけで別れてから七時間ほど。もう酒は抜けていて、シャンとしているのが信じられないのだが。
「町に残るひとたちに追加の弾薬と、2ポンド砲を渡したいんです」




