逆行する者たち
冒頭部修正。ローバーの車体重量がウルフ(最軽量版)のものでした。
「……軽ッ⁉︎」
翌朝、ゲミュートリッヒから街道を走り始めてすぐに俺は思わず声を上げた。
ランドローバーの軽快さに驚いたんだが、別に軽くはない。諸元を見る限り三トン以上あるし、エンジンだって出力が百馬力ちょっとの比較的モッサリした四気筒ディーゼルだ。
それでもサラセンやモーリスに比べたら、出足の軽さがハンパない。足回りもスムーズだし、アクセルペダルを踏んだだけでスイスイ走る。
まあ、出力重量比を考えれば当然だな。サラセンの出力は百七十馬力前後だけど、車重が十一トンを超える。
モーリスC8は車重こそローバーと大差ないけど、出力は諸元で七十馬力ほど。あちこちヘタッてるお爺ちゃんだから、五十馬力前後も出てれば上出来だろう。
「すっげー」
「風が気持ちいいにゃ」
調達したのはランドローバー・ウルフというディフェンダーの軍用版。ロングボディ版の110をベースにした中型汎用トラックというタイプに、追加武装キットで改装を施したものだ。
中東で使用されたのか砂色の車体には、窓もドアもない。荷台もロールケージで囲われていて剥き出し。椅子もないので、いまは軍用毛布を束ねて置いてある。
快適装備は何にもないのに、荷台の回転銃座には12.7x 99ミリのM2重機関銃、助手席に7.62x51ミリの英軍用FN MAG汎用機関銃という重武装だ。
車輌に付属していたから仕方がないけど、これでまた運用弾薬がふたつも増えてしまった。
「少し飛ばすけど、気持ち悪くなったら言ってな〜?」
「大丈夫だよ」
「これは気分がいい」
来るときに通った道なのに、スピードが違うと当然ながら、ずっと短く感じる。
「ヘイゼル?」
「問題ないです。周囲数マイル四方に、脅威となるものは確認されません」
助手席で汎用機関銃を構えながら、ツインテメイドは嬉しそうに笑う。
M2の銃座は、比較的体格の大きい斥候組のネコ獣人男性マーフに付いてもらっていた。荷台に立って撃つので、ヘイゼルでは少し身長が足りなかったのだ。
「スナッチじゃなくて良かったんですか?」
「目的が偵察だからな。遠出するなら速くて攻撃力がある方が良いだろ」
スナッチという軽装甲仕様のランドローバーも買えたのだが、エンジンは同じで車重が四トンとかあると知ってやめた。今回は見つからずに素早く行って、サッサと偵察して帰るつもりだ。
「ミーチャさん、そこの坂を上り切ったところで停車してください」
「了解」
来るとき降りるのに少々難儀した九十九折の坂道も、ランドローバーはスイスイ曲がり、上がってく。まあ、曲がりなりにもベースは市販オフロードカーだからな。
坂の頂上で停車して、ヘイゼルと斥候組が平地の先を見渡す。王国軍らしき姿はなく、脅威は確認されない。
「エーデルバーデンまでは約百六十キロですから、急げば一時間も掛かりませんね」
時速三十キロ強で三時間と想定したゲミュートリッヒへの逃避行の最中、俺が冗談で言ったのを覚えていたらしい。百キロなら一時間なのになって。サラセンもモーリスもトルクはあるけど車体が重いので最高速度はせいぜい七、八十キロと遅い。
その点、ランドローバーは頑張れば百六十キロほど出るらしいのだ。出さないけど。
「ちょっとだけ減速してください」
ヘイゼルの指差す方から、ホーンラビットの群れが並走するように駆け出してきた。襲ってくる様子はないので、音に怯えたのだろう。そのまま反対側の藪に駆け込んでいった。
「もう大丈夫です」
「あれ撥ねたらダメージ喰らうかな」
「せいぜい車体が凹むくらいでしょう。ドラゴノボアの成体なら要注意ですが……」
助手席で汎用機関銃が短く発射された。少し先の茂みで叫び声が上がる。
「まさかドラゴノボア?」
「ゴブリンですね。弓を射ろうとしていたので排除しました」
来るときにも、坂から丸太を落とそうとしているゴブリンがいたな。そのときのヘイゼルの推測によれば上位種に率いられているという話だったけど、まだその個体は健在なのかも。
そのとき転がされた丸太は、道の端に寄せられていた。その後ここを通った王国軍によるものだろう。
「王国軍の荷馬車だ」
後部銃座のマーフが脇の茂みを指す。草むらに隠れるように突っ込んでて全容は見えないけど、蝿がたかっているから死体もあるんだろう。魔物か馬か人間か、その全部かは知らんけどな。
特に用もないので、俺たちはそのまま走り抜ける。
「ああいうのは、ファングラットが食い尽くすんじゃないのか?」
「あの森にいた連中にゃ。あいつら天幕にも装備にもたっぷり魔物避けを撒いてたのにゃ」
カインツと一緒に逃げてきた兵士たちか。
「そっちにもある」
「たぶん負傷して逃げてきて、疲れてきたとこを襲われたのにゃ」
行く先に点々と、荷馬車や馬や人間の死体が転がっていた。ネズミは避けられても大型の魔物は無理だったようだ。死体のいくつかはバラバラで、馬も半身がごっそり無くなっていた。
あの夜明けの戦闘で何人の敵が逃げたかは確認してないけど、こんだけ被害が出ていたらカインツの部下はほとんど残っていない気がする。
「スーリャ。もしかして、偵察に出ようと思ったのは王国軍の攻撃に備えるためだけじゃない?」
「それもあるにゃ。いまエーデルバーデンに残ってる兵がどれくらいかわかれば、今後の備えが変わってくるにゃ」
王都からエーデルバーデンに攻めてきた討伐部隊は、推定五百と聞いていた。その数字が正しかったとしたら、まだ半分くらいはエーデルバーデンに残っているはずだ。
「それも、っていうのは?」
「いま残った兵は誰が率いている、どこの兵なのかにゃ。それがわかれば、落とし所がわかるはずにゃ」
その通りだ。亜人殲滅に命がけの兵たちが、誰の命で動いているのか。その首謀者がわかれば殺し合いの落とし所がわかる。
あるいは、そんなものなど存在しないことが。




