丑三呻吟
「カインツ子爵閣下、準備完了しました。ご指示を」
副官の報告を鼻で嗤い、カインツは荒い息を吐く。
「指示だぁ? ふざけやがって……」
夜明けには、まだずいぶんと間がある。勤勉さをひけらかすつもりか、それとも声を聞いて確認に来たかだ。
指揮官用の大天幕、足元には裸の女が転がっている。エーデルバーデンで捕まえた町娘だが、グッタリと弛緩したまま身動きもしない。
「……替えどきだな。半獣の町で仕入れるか」
天幕の入り口を手で払って、外に出た。戦の前の昂りが胸の奥で燻っている。その感情を察してか、目をやった副官はサッと顔を強張らせる。
名前も覚えていないこの男は、傭兵団時代からの部下ではなく王国が管理役に送り込んできた余所者だ。貴族学校出の青二歳で、戦闘能力は新兵に毛が生えた程度。貴族としては優秀なのかもしれんが、しょせんは事務屋だ。
「配置は」
「済んでいます。いつでも動けます」
夜明け前に、猟兵を南門から町のなかに送り込む。その後は魔導師の合図で、ハイネル騎士爵たち先遣部隊に北門を破らせる手筈になっていた。
「逆にできれば良かったんだがな」
カインツは小さく罵る。本来は裏門である北側に、自分たち本隊を置きたかったのだ。
森から南側の正門に向かうには、開けた街道を使うことになる。装甲馬車は騎兵とともに森を出て一旦南へ。そこから街道沿いに西へと回り込んだ後、ゲミュートリッヒに向けて北上する。視界を遮るものがないので奇襲も難しい。逆に言えば、先遣部隊のハイネルたちを派手に目立たせるのに、南側の正門側が最適だった。
「使役魔導師がいる以上、こうなるかと」
「……っせぇな。わかってんだよ、そんなことは」
亜人の猟兵を操る使役魔導師は、ほぼ戦闘力を持たない。装甲馬車で守らなければ簡単に殺されてしまう。森からの距離だと細かい指示が出せず、町から八百メートル程度まで接近させる必要があった。装甲馬車を動かすには南側の街道しかない。森から回り込むのに三十分は必要になる上に、接近はまず間違いなく町側に発見される。
「まあいい。首輪付きの半獣どもには魔導爆裂球を抱かせろ。斥候が北側に住人の避難場所を見たと言ったな? そこに三発、残りは防衛拠点の密集したところに突っ込ませる」
「はッ」
囮と猟兵工作部隊が起こした混乱に乗じて、カインツの本隊が町へと踏み込む。蹂躙して奪い尽くし犯し尽くした後は、半獣もそのお仲間も全員を嬲り殺しにしてやる。
ようやく、楽しくなってきた。
「魔導破城槌を、ハイネル騎士爵に渡して良かったのですか。投石砲に、魔導爆裂球もです」
「あ? てめぇ、文句でもあんのか?」
「い、いえ、そういうわけでは」
能無しの若造に言われなくても、こちらに必要な分は残してある。わかりやすい餌を持たせなければ、あの腑抜けは命を惜しんで手を抜く。いまハイネルの持ち駒は、騎兵が八に歩兵が二十二、魔導師四。半獣の気を引くには十分だ。督戦部隊も付けてあるので、逃げるようなら殺す。
「ハイネルはどうした」
「準備を済ませて、いまは休憩を」
野営地のあちこちで、炊煙が上がっていた。移動の前に軽い食事を済ませるためだ。いったん動き始めたら、せいぜい水しか摂れない。
町を監視する兵士からの報告はない。森の東端にいた監視を殺した半獣どもは、その後の反応がない。
こちらが動きを止めて、偵察に出てきたところを捕らえようとしたのだが。元傭兵団の精鋭を配置していたというのに、深夜を回ったいままで何の報告も上がっていない。
敵方の動きが思ったより鈍い。……あるいは、こちらの予想以上に鋭いかだ。
能力を持った敵の反応がチグハグなときは、油断や問題ではなく何かの画策による場合が多い。わずかに嫌な予感はしていたが、いまから出来ることはない。
カインツはしばし考えた後で、小さく息を吐く。定石を無視して、戦場の勘に従うことにした。
「すぐにハイネルを出せ。夜明け前に陽動を行わせる」
◇ ◇
「術者……って、魔導師を殺すってことか?」
ゲミュートリッヒの外壁上で、俺はヘイゼルの提案を考慮する。殺すのは簡単かもしれないけど、その後も簡単かどうかがわからない。
「はい。使役魔導師と呼ばれる者が、おそらくふたり」
ひとりで制御できる“隷従の首飾り”は平均で五、六個。それより数が増えると、細かい指示や制御ができないという。スーリャが確認した限り、猟兵は十三。最大でも三人といったところか。
「スーリャ、魔導師は十何人かいるって言ったよな?」
「戦列に加わるのも含めて、十六人いたにゃ」
「そのなかから、どうやってそのふたりを選ぶんだ」
「術者として精神集中する使役魔導師は、戦闘に参加できません。安全な後方にいるので、判別も排除も容易いはずです」
ヘイゼルのコメントに、スーリャも頷く。
「魔導師がいるのは、装甲馬車にゃ」
斥候として敵陣を調べてきたスーリャが、俺たちに教えてくれた。そいつらは四輌ある装甲馬車のどれかに籠もって、安全地帯から亜人の猟兵を操るわけだ。
ふざけやがって。
「その使役魔導師を殺せば服従が解かれるのか?」
「いいえ。ですが、使役されての行動は停止します。そうなれば“隷従の首飾り”を外すチャンスが生まれます」
戦闘中にいきなり棒立ちになるとかじゃなければ良いけどな。
「装甲馬車には、対戦車ライフルを使うしかないのか?」
「確実性を取るなら、砲をお勧めします。二十五ポンド野戦砲ならモーリスの後部に搭載できますし、大型対戦車砲なら牽引できます」
対装甲地雷や対戦車ロケットはないのかと訊いたが、ヘイゼルは明言は避けた。PIATやらいう砲弾差込式迫撃砲のように、イギリス製の対戦車火器は性能が低いというのもあるようだけれども。表情からして、炸裂系の火器を使いたくないようだ。おそらく馬を巻き込むからだと思われる。
装甲馬車を牽引するのは一輌につき大型馬が最低二頭。魔物との混血で百キロで走るとかいう化け物だが……失礼な言い方をすると、たぶん社会的な立ち位置は獣より亜人に近い。自分たちの身を守るためとはいえ、彼らを粉微塵にするのは――少なくとも以前に聞いた亜人の共通認識としては――かなりの抵抗があるのだろう。
俺は馬にそれほど思い入れはないが、好んで殺したいとまでは思わない。手段を選べるなら、仲間の罪悪感は少ない方がいい。
「ヘイゼル、南北の門上にブレンを三挺ずつ配置したい。追加が必要なら調達してくれ」
「はい」
「マドフ爺ちゃん、コーエルさん。ブレンを六挺預ける。事故なく扱えるようにサポートをお願いできるかな」
「任せとけ。最悪わしらとオクルとラクルで四挺はいけるわい」
ヘイゼルが六挺のブレン軽機関銃と木箱入りの弾倉、缶入り弾薬を渡す。近くにいた外構整備チームを呼んで、テキパキと指示しながら南北に分かれていった。
「……ヘイゼル。もし使役魔導師の処理が間に合わなかった場合、亜人猟兵の被害を最低限にする方法は」
「非致死性兵器も考えたのですが、戦場では避けた方が賢明です」
非致死性というのは、殺さず無力化というような意味合いだけれども、実際には言葉通りのものではない。匙加減を間違えれば効かずに味方を危険に晒す。あるいは効き過ぎて殺してしまう。
「それじゃ、ここで迷うのはなしだ。装甲馬車を潰して使役魔導師を殺す」
使い捨てにできるくらいの砲を進路上に事前配置しておくのはどうかという俺の提案に、ヘイゼルが笑顔で頷く。
「良い物があります」
……うん。その笑顔を見る限り、嫌な予感しかしない。
【作者からのお願い】
また間が空いてしまった……本業はもうチョイで通常営業に戻れそうなんですけれども、どうだろ。
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