熊の居場所
まずい。新たな魔物の登場だ。まだバカ兵士どもからゴブリン退治のカネも受け取ってないのに。
そんじゃ前払い報酬でも催促するかとマーバルを振り返ると、いつの間にか姿を消していた。あの野郎、逃げやがった。衛兵隊長じゃねえのかよ。部下の兵隊たちは武器を下げたまま戦意喪失状態だし。
「おーい、カネ払えば倒してやらんでもないぞ」
正確に言えば、カネもらわんと倒せん。9ミリ拳銃弾でどうにかなる相手には見えないし、お試しでバラ撒くのは弾薬がもったいない。そもそも持ち出してまで倒してやる義理もない。
「金貨なんて、持ってるわけないだろ」
「そっか、それは残念だな」
俺はエルミを立たせて、町の入り口から最も近くにある建物を指す。ステンガンの弾倉には十発ほどしか残弾がない。再装填するにしても、安全を確保した場所じゃないと危ない。
「俺が牽制する。あの建物まで全力で走れ」
「待て! 魔物を倒す力を持ちながら、弱者を見捨てるつもりか!」
兵士のひとりが逆ギレを始めた。小者の反応としては珍しくもない。弱者って、お前ら衛兵だろうが。
「エルミを見捨てたヤツらがなにホザいてんだ? お前らの武器を奪わないだけ、ありがたく思え」
兵士は怪訝そうな顔になるが、マルクとシーラは揃って目を伏せる。ホント、しょうもない。
「おい、マルク。エルミから奪った魔術短杖はどうした。壊したか? 捨てたか? それとも、売ったのか?」
「ぎ……ギルドマスターに、渡した」
「最悪だな。冒険者ギルドまでグルか。もう殺そう。他人のもんを奪うヤツは、奪われる覚悟くらいしてんだろ」
溜息をついて背を向けようとした俺は、わずかな金属音に気付いて振り返る。
「動くな。それ以上、剣を抜けば殺す」
腰の短剣に手を掛けたマルクの鼻先に、俺は銃を向けた。横でパートナーを見るシーラは、顔に驚愕の表情を貼り付けたまま固まっている。
「しょうがなかったってえええぇッ、言ってるだろおおおおォッ!」
真っ赤な顔で泣き叫びながらも、剣を抜く動作を止めない。セミオートで発射された9ミリ弾は男の頭を砕いて血と脳漿をブチ撒ける。
「きゃああああぁッ! マルクぅうーッ⁉︎」
死体に縋り付いて泣き喚くシーラを無視して、俺は周囲を見渡す。向かってくるものがいれば、そいつも殺すつもりだった。
「貴様ァ! ひとを手に掛ければタダでは済まんぞ!」
「みろ! 半獣がいるからこんなことになるって、あたしはずっと……!」
耳元で怒鳴る兵士と聞き取れない声で喚くババアに俺の我慢も限界だった。
ふざけんな。こいつが俺を殺そうとしたのは見てただろうが。黙って殺されてやる義理はねえよ。
「おい、行くぞエルミ」
ババアを無視してエルミの腕を取り、目の前にある建物まで走る。半開きだったドアを開けて踏み込んだ直後、扉が枠ごと毟り取られてバラバラに吹き飛んだ。
オウルベアが突っ込んできたんだろうとは思うが視認できる速度じゃない。そんな余裕もない。
「あの巨体で、このなかに入って来るかな」
「大丈夫ニャ。鳥は、翼を広げられない狭い場所を嫌うニャ。いざというとき飛び立てないからニャ」
「なるほど」
建物のなかは、学校の教室ふたつ分くらいのだだっ広い作りになっていた。入って右手に安手のバーみたいな丸テーブルと椅子がいくつも転がっていて、左手にはカウンターと事務所みたいなスペースがある。
紙がいっぱい貼ってあるコルクボードもだ。あれ、これって……
「なあエルミ……もしかして、ここ冒険者ギルドか?」
「知らずに入ったのニャ? ちゃんと壁に、剣と盾の印が書いてたニャ」
そんなもんは、目に入っててもわからん。西部劇の酒場みたいな感じだったから、てっきり飲み屋かなんかだと思ってた。
たしかに、“冒険者ギルドは町の正面から入ってすぐ”とか、来るときエルミが言ってた気はするな。
「へえ……」
正直、あんまり感慨はなかった。さほどのテンプレ感もない。絡まれるイベントどころか、誰の姿もない。気配はあるから、隠れているのはわかるんだけどな。
転がっていた丸テーブルの陰からむさ苦しい感じの男女が顔を出してきて、倒れたテーブルでバリケードを作っていたのだとわかる。強制の非常呼集がどうのとか言ってたのに、こいつら魔物と戦わねえのかよ。
ここに突っ立っててもしょうがない。俺はカウンターを振り返って声を掛けた。
「おい、ギルドの職員はいないか」
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