イルウィル・ウィズアウト・イヴィルズ
……尾けてきてる? 誰が? 何のために⁉︎
「ヘイゼル、どんな相手だ」
「フードで顔を隠しているのが三名。気付いたのは商業区に入ってからですが、いまも十ヤードほど距離を開けて監視を続けています」
「もしかして、それが魔族?」
「どうでしょう。確証はないですが……ひとりだけ魔力が異常に高いですね」
判断に困ってマチルダを見る。ショーウィンドウを覗いていた魔族娘は俺の視線に気付くと、指を唇に当ててコテンと小首を傾げた。
無表情ではあるが、そこだけ見ると愛らしい光景だ。
「チガう。……魔族デはナい」
その判断が正しければ、別口か。それはそれで、どうしたもんかな。もし揉め事になるとしたら、俺たちの事情に町のひとを巻き込みたくはない。
ヘイゼルと対応を協議した結果、ふた手に分かれて反応を見ることにした。
商業区の大通りから、俺とエルミは西に折れて細い裏通りに入る。ヘイゼルとマチルダはそのまま中央広場に向けて直進。何事もなければ噴水で相手の出方を待つ。
“ミーチャさん、ひとり、そちらに向かいました”
角を曲がった俺の頭に、ヘイゼルの声が響いた。ホッとした気持ちを抑えて俺はドヤ顔で応える。
「ははッ、俺とエルミは低評価だったか」
“いいえ。ひとりだけ魔力が高かった巨漢です”
「……うそん」
ヘイゼルの報告によれば、身長百八十三センチ、体重九十五キロ、腰に細身の剣を吊った巨漢だそうな。しかも魔力が異常に高いって、それ無理ゲーだろ。
俺たちふたりとも攻撃能力こそ銃で嵩上げしてるとはいえ、防御も回避も完全に一般人レベルだ。
「ヘイゼルの方のふたりは?」
“こちらは周囲にひとが多いので、距離を取って監視しています。動くとしたら、わたしたちがひと気のない場所に来たときでしょう。あるいは……”
「俺たちの救援に来たときか」
そういう俺の前にあるのは、すっかりひと気の絶えた路地裏だ。裏通りをさらに曲がったのが失敗だったか。そのまま進んだところで行き止まり。自ら望んで袋小路に入ってしまったようだ。
「……やるしかないか。エルミ、戦闘用意」
「はいニャ♪」
なんでかネコ耳娘はご機嫌である。背負っていたステン短機関銃を胸元に抱え、弾倉を装着してボルトを引いた。
俺もショルダーホルスターからブローニング・ハイパワーを抜き、初弾を薬室に送り込む。
ふたりで頷き合ったところで、背後から迫ってくる足音が聞こえた。俺たちは振り返ると同時に、フードを被った男へと銃を突き付ける。
「止まれ。動くと殺す!」
もう距離は七、八メートルしかない。こちらの武器を理解していないのか俺たちの排除を最優先と考えたか、男は足を止めず腰の剣に手を掛けた。
パンッ!
男の足元で土塊が弾けた。一瞬だけ動きが止まったものの、男は剣を抜いてさらに加速してくる。
くそッ、警告は無駄だった。銃を知らん奴には抑止力ゼロなのがキツい。
パパンッ!
9ミリ弾が男の膝に吸い込まれ、青白い光が飛び散る。魔法的な防御で弾かれた感じがあった。
追撃の銃弾を連続で叩き込むと、目の前まで迫っていた男が前のめりに転がる。両膝に二発ずつ。立ち上がろうと地面に置かれた右手にも二発。銃弾に撃ち抜かれた拳は指があちこち折れ曲がって欠損し、もう剣を握ることはできない。
「ぐ、ぁああぁ……ッ」
これで移動能力と戦闘能力を奪えた、はず。撃ち尽くし遊底開放状態になった拳銃の弾倉を交換すると、俺は男に近付く。
頭から倒れた男は呻き声を上げ、憎々しげな顔でこちらを睨み付けてきた。
人間の、中年男性。その顔に見覚えはない。
「警告はしたぞ」
「は……ンじゅ、ぅがッ!」
なんか口のなかで罵り声を上げたようだけれども、俺には聞き取れなかった。
こいつらの素性が想像の通りだとすると、聞く価値があるとも思えない。
「一応、殺す前に訊いておくぞ。俺たちに何の用だ?」
「抜か、せッ!」
俺は、油断していたのだろう。不用意に近付きすぎてもいた。瀕死だったはずの男は背筋だけで跳ね上がり、無事な左手で無理やりに細剣を振るう。
目にも留まらぬ薙ぎ払いの一閃。銀の光が、俺の首へと伸びてくるのが見えた。
「まず……ッ!」
憤怒に満ちた男の表情が、目の前でぐにゃりと歪んだ。頰の肉が弾け、血が飛び散る。頬と喉と額が続けざまに喰い千切られて痙攣するように震えた。
「ミーチャ!」
蜂の巣になった男の身体が崩れ落ちると、叫び声と銃声が遅れて耳に届く。ステンガンの連射に助けられたのだと、そこでようやく気付いた。
「……あ、ありがとエルミ。……た、助かった」
「固まってちゃ危ないのニャ!」
そうだ。不意打ちの斬撃に対処できず、俺は完全に硬直してた。エルミのサポートがなければ死んでた。
“ミーチャさん、銃声が⁉︎”
「だい、じょぶだ。……エルミのお陰でな。こっちの敵は死んだ。俺もエルミも無事だ」
“こっちの監視者が、そちらに向かっています! そいつらは……”
「ああ。王国の走狗だろ」
ズタボロの死体を爪先でひっくり返し、俺はヘイゼルに告げる。
見た感じ、軍の正規兵じゃなく傭兵か暗殺者かなんかだろうけどな。
“わかりましたか”
「前に見た……ワーシュカ、だっけ。あれの甲冑に似てる」
エーデルバーデンの領主館前で、ヘイゼルと一騎討ちした女だ。死んだ男が身に着けている軽甲冑は、あのときの黒い重装甲冑と雰囲気が似ていた。
これも防御と身体強化機能を持った魔道具なんだろう。
「ゲミュートリッヒまでなら、理解できなくもないけどさ。こいつら、なんでサーエルバンまで出張ってきてんだ?」
“ミーチャさんに倒されたのが主戦力で、こちらのふたりは監視要員と護衛のようです。捕まえて聞き出しましょう”
いまいる場所で、そいつらを迎え撃つことになる。俺はエルミに、ヘイゼルの計画を伝えた。
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