その娘、重装甲につき
モーリスで町に戻り、魔族娘を酒場の二階に運び込む。寝言で意味不明な言葉を漏らしてはいるが、目を覚ます様子はない。
空き部屋だった奥の一室は既に掃除され、ベッドメイクも済んでいた。
「あれ、このベッドマットと毛布は他の部屋とお揃いの?」
「はい。こんなこともあろうかと用意しておきました」
「さすが英国産のメイドさんだな」
備品や配置は俺の部屋と同じなんだけど、掛布やシーツやカーテンの色合いが違う。女性陣の部屋を見てはいないけど、たぶん部屋ごとの色調に微妙な違いがあるんだろう。
みんな同じじゃないのって、“自分の部屋”な感じがして気が利いてる。俺には発想すらない気遣いだ。
「上手く馴染めると良いけどな」
「ええ。ティカさんには話しませんでしたが、おそらく帰還の方法はないです」
ヘイゼルの言葉に、俺は頷く。帰れるかどうかのよりも、この魔族娘が元いた世界で死んだ結果として召喚対象になったんじゃないかと踏んでいる。
「この子も、ミーチャたちと同じとこから来たのニャ?」
「俺がいたのは魔界じゃないよ。ヘイゼルのとこは知らんけど」
「ブリテンに魔族は……何人かしかいませんでしたね」
自分で振っといてなんだけど、そのツッコみ難い英国ジョークやめろ。素直なエルミが混乱すんだろ。
ヘイゼルはサイドテーブルに魔法瓶とカップを置く。目が覚めたら飲み物を渡してやるつもりなんだろう。いつの間にやら、花瓶に花まで活けられていた。ちょいちょい露わになる雑なキャラ付けと、細やかな気遣いとのギャップがすごい。
「エーデルバーデンで、魔王召喚を行った黒魔導師の言葉を聞き取ったんですが」
「ああ、領主の記憶にあった奴か」
「はい。それによれば、“魔王は感知できる魔力を持たず、強大な死の異能を振るい国を滅ぼす。自らの血肉を分けた眷属を生み出し、従魔を率い意のままに操る”と」
俺とエルミは首を傾げる。
「この子、魔力は……あるよな。電撃を放ってたし」
「眠ってるのに、魔力の循環は感じるのニャ」
「はい。むしろ、この世界の標準よりかなり高いです」
「聞いてた話と違うか。前の召喚が失敗だと踏んで別の方法を試したのかもな」
「ミーチャさん。これから、どうされるつもりですか?」
考え込んでいた俺を、ヘイゼルが静かに見据えてきた。魔族娘の処遇を訊いてるのではないことくらい、俺にもわかる。
「どうもこうもねえよ。俺がこの世界に巻き込まれてから、まだひと月も経ってないだろ。ゲミュートリッヒに魔力雲が確認されたのは、二、三ヶ月前だったか? 召喚てのが何を糧にして誰がどう行うか知らんが、こんな短期間に三回も行うのは異常としか思えない。教会の強硬派とやらが黒幕だとして、これ以上は放って置けない」
それにな、と俺は笑う。もう笑うしかねえだろうよ。
「正直に言えば、いい加減ムカついてきた」
「ええ、わたしもです」
にっこりと微笑むヘイゼルを見て、なんでか俺は背筋がゾワッと総毛立つのを感じた。
俺だけかと思って横を見ると、エルミが恐怖に毛を逆立ててプルプルしてる。やっぱあれか。魔力か殺気か、なんかそんなのが放たれてたのね。俺には感知できなかったけど。
「……う」
ヘイゼルの発したオーラに反応したのか、寝返りを打った魔族娘が魘されたような顔で目を開けた。
「目が覚めましたか」
屈み込んだヘイゼルの顔を直視した途端、彼女はベッドに横たわったまま、ビクゥッ! という感じで硬直した。
ブンブンと首を振って頷く。怯えすぎや。
「覚め、マシた」
いや、なんで敬語やねん。
「気分は悪くないか? 起きられるようなら、温かいスープでも作るぞ」
「……ワタシを、……喰うツモりか」
「喰わんて。違う、お前が喰うんだよ」
ビクビクした感じで起き上がり、正座でもしそうな畏まり方で俺たちに向き直った。何を言おうか迷ってる風。あるいは、本人も何がなんだか理解してない風だ。
「お前の事情は、なんとなくわかってる。どこから来たのかは知らないけど、たぶん俺も似たような境遇だ」
「……あぅ」
「それでな、しばらくは俺たちと暮らしてみないか」
ビクビクした感じの魔族娘は、怪訝そうな顔でこちらを見る。
「できるだけ不自由がないようにするし、もし嫌になったらいつでも、どこにでも出て行って構わないからさ」
「……ナゼ」
なんでこんなことをするのか、って言いたいのか。
なんでだろうな。自分でも、わからん。
「たぶん……俺が、そうして欲しかったからじゃないかな。お前と同じように、無理やり異界から飛ばされてきたときにさ」
わかったようなわからないような顔で、魔族娘は頷いた。
「俺は、ミーチャ。こっちは、ヘイゼルと、エルミだ」
彼女は俺を見て、ふたりの顔を見て、安堵とも溜息ともつかない息を吐く。
「……マチルダ」
「とっても、良い名前ですね♪」
……いや、ヘイゼルさん。それは英国陸軍の戦車の名前だからでしょ。
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